東京の「今」を荒川から想う。大西みつぐ写真展「放水路」 〈アサヒカメラ〉|AERA dot. (アエラドット)

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東京の「今」を荒川から想う。大西みつぐ写真展「放水路」

アサヒカメラ
(C)Mitsugu Ohnishi

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 銀座ニコンサロンでは6月18日から7月1日まで、大西みつぐの写真展「放水路」を開催している。東京・深川に生まれ育った大西は、1970年代から東京の東側を中心に、下町と呼ばれる界隈を丹念に歩き、撮り続けてきた写真家だ。今回の個展のタイトルにある「放水路」とは、大西とも縁深い荒川放水路のことを指している。

 荒川放水路は1911年の測量から1930年までの長期間を費やして開削した人口の河川だ。大西は1985年からの数年間、この放水路の近隣に暮らし、そのスナップを「河口の町」と題し発表している。当時のバブル期の江東の町にまだ庶民の穏やかな暮らしぶりは残っていた。
 そして2012年には、賑やかなスカイツリーの傍らの“辺境”として「砂町」を撮り下ろし(「アサヒカメラ」2012年6月号でも発表)、大西が思う、とりとめのない寂寥感と湿り気を帯びた叙情を濃密なカラープリントに表現した。ここにある砂町は、一般に思い描かれる人情と活気にあふれた下町の姿とは大きく異なるものだ。そして、このふたつのシリーズの間には、モノクローム写真の代表シリーズ「wonderland」が幾重にもはさまれている。

 大西の活動の軌跡を貫く太い線として荒川放水路があった。このことに気付いた大西は、一昨年の夏から、赤羽岩淵から河口までの22kmを繰り返したどりたくなったのだという。そこに東日本大震災後の東京臨海部の風景が無防備に曝されていることへの焦燥感も深く関わっている。
 現在の「放水路の風景」。そこには昭和初期に永井荷風が唱えた「荒涼寂寞」とは一見無縁の穏やかな光景が広がっている。だが、ところどころに広がるヨシ原の間には、ぎりぎりの際で「生」を保ちながらなにかを解き放ち、密やかにそこにいようとする人間の気配が充満していると大西はいう。日本の澱をたっぷり宿しながら海へと流れ続ける「放水路」。ここから東京を深く想い続けること。大西が見た今の東京がそこにある。
 カラー作品約40点を展示。液晶画面による映像も上映。

■大西みつぐ「放水路」(ニコンサロンのページへ)
会場:銀座ニコンサロン
開催期間:2014年6月18日(水)~7月1日(火)
開館:10時30~18時30分(最終日は15時まで)会期中無休
住所:東京都中央区銀座7-10-1
TEL:03 -5537-1469


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