宮沢喜一(みやざわ・きいち)/1919年、東京都生まれ。大蔵官僚時代に池田勇人蔵相の秘書官としてサンフランシスコ講和会議に同行する。53年、参院選で初当選。62年に池田内閣で経済企画庁長官として初入閣し、以後通産相、外相、官房長官、蔵相などを歴任。「三角大福中」の次世代を担う政治家として、安倍晋太郎、竹下登らとともに「ニューリーダー」と呼ばれた。91年、首相に就任すると、PKO協力法を成立させたが、93年、自民党の分裂から総選挙で過半数割れとなり、退陣した。
田原総一朗氏
(週刊朝日2022年2月11日号より)