平安貴族が起こした暴力事件には、日記や歴史書に詳細に記録されているものも多い。殺人に及ぶものもいれば、天皇を狙うものさえいたという
当時は、髷(まげ)を他人に見られるのは最大の恥とされていた。そのため、喧嘩の際は髷を隠す烏帽子(えぼし)がねらわれたという