■「無理筋」な要求を通したのは政治家の命令か官僚の忖度か
では、なぜこんな「犯罪」まがいの行為が行われたのだろうか。
霞が関で31年働いた私の経験から言えば、官僚は自分たちの利権、とりわけ天下り先確保のためには相当ひどいことをするが、それ以外では案外まともに仕事をするものだ。普通の仕事をしているときに、こんな「捏造」をするなどということは聞いたこともない。とても官僚の自由意思によるものとは思えないのである。
ということは、上からの相当強力な圧力があったのではないかということになる。
そう考えると、誰でも思いつくのは、安倍総理やその側近、あるいは当時の塩崎厚労相から、そういうデータを作るように指示ないし、何らかの働きかけがあったのではないかということだ。国会でも野党がそういう質問をしていた。その可能性はもちろん、否定できない。
一方、政治家から直接の働きかけがないのに、官僚の方が、安倍総理や塩崎厚労相の意向を忖度して、勝手に暴走したという可能性も十分にある。
実は、並の経済官僚なら誰でも知っているデータがある。それは、裁量労働の方が一般の労働よりも労働時間が長いという、厚労省傘下の独立行政法人「労働政策研究・研修機構(JILPT)」の2014年のレポートだ。これによって、「裁量労働制」の方が労働時間が長くなるというのが官僚たちの間では常識になっていた。
また、官僚たちは、自分たちの経験から、日本の通常の職場では、裁量労働が事実上青天井の長時間労働になることを知っている。
どういうことかというと、まず、役所には根強い「長時間労働信仰」があり、仕事を早く終わらせたから夕方定時で帰りますということが許されない雰囲気がある。多くの民間企業と同じだ。
一方、役所では、労働基準法の適用がないから、何時間残業させてもお上にとがめられる心配はない。もちろん、建前上勤務時間は決まっていて、それを超えると残業代が払われるが、実際には予算の制約があり、一定時間以上働くとそれ以上は残業代はもらえなくなる。残業代定額制のようなものだ。そして、残業は上からの命令ではなく「自発的に」行われる。多くの上司は、夕方、若手にこう語りかけるのを日課にしている。「あまり遅くなるなよ。早く帰れよ」。いかにも、若手職員が労働時間を自由に決められるかのような言葉だ。
つまり、役所の働かせ方は、民間企業で行われている「企画型裁量労働」の実態に非常に近いのだ。そんな彼らは、国会の作業なども含めて、深夜勤務が続くことも多いが、だからと言って、国会がない期間は4時間労働で帰りますということはよほどのことがない限り言えない。
こんな経験を積んでいる官僚たちにとって、裁量労働制が普通の労働者に拡大すれば、きっと自分たちと同じ状況になるだろうと想像するのは非常にたやすいことだ。
ところが、裁量労働制の拡大を進める安倍政権の「働き方改革」は、初めから結論ありきだった。労働の実態を調査検討して、最適な改正案を作るというまともな仕事をする自由は厚労省の官僚にはなかったのだ。
そうなると、厚労省の官僚たちは非常に苦しい立場に陥る。自らは裁量労働制で労働時間は長くなると確信しながら、また、それを実証するデータの存在も熟知しながら、裁量労働拡大の正当性を証明しなければならないからだ。とりわけ、彼らにとって、JILPTのデータは、まさに「不都合な真実」であった。
追い詰められた彼らは、これと反対のデータを自ら何とか作れないかと考えたのだろう。その際、確実に「良い」結果が出るように、質問の仕方、集計の仕方に「工夫」を加えて良い結果を導こうとしてしまった。