1882年にコッホが結核菌を発見、翌年にはコレラ菌を、同年クレブスがジフテリア菌を、94年にはエルサンがペス卜菌を発見するなど、それまで猛威を振るってきた細菌感染症の正体が次々に明らかになり、さらにワクチンによる予防ができるようになった。地球上には細菌が満ち溢れ、我々が無事に過ごせるのは免疫を持っているからだという考え方は当時の最新の科学知識だった。
しかし、現代の微生物学の立場からすると、火星に高等生物がいたとしても地球上の生物とは数十億年の間全く交流がないので、地球の細菌や真菌、ウイルス(ウェルズの時代にはまだ発見されていないが)が火星人の体内で効率良く増殖し、ついには殺してしまうというのは難しい。
■免疫は寄生体とともに
我々の皮膚や腸管、泌尿生殖器粘膜には無数の微生物が常在菌として存在しているが、感染症を起こすのはその一部である。土壌や海水中にも無数の細菌やウイルスが存在するが、ほとんどは無害である。実際、通常は接することのない古細菌や植物ウイルスが感染症を起こすことはない。
さらに、我々の体には皮膚・粘膜バリア、Toll様受容体や補体に代表される非特異的免疫系、そして真打ちである特異的免疫系と、何段にもわたる防御系が存在する。生物は無駄なシステムは進化させないので、これらの防御系を完成するには外界から強い淘汰圧が加わってきたことは想像に難くない。
しかし、現在でも月や小惑星から検体を持ち帰って分析する時には高度の感染防御処置をする。生命の起源はどこか他の天体から飛来した微生物の芽胞であるというパンスペルミア説を完全には否定できないからである。
ウェルズと同じ英国の理論天文学者(兼SF作家)フレッド・ホイル卿は、感染症の流行周期と彗星の回帰周期が重なることから、晩年までこの説を捨てなかった。この仮説は無理だなあと思う一方、宇宙で我々が孤独な存在ではないという思いも捨てがたい。