■恋のメカニズム?

 近年、齧歯類で浮気を決める遺伝子が明らかになってきた。

 アメリカの草原に生息するプレーリーハタネズミが、一夫一婦制をとるのに対し、近縁種のサンガクハタネズミは乱婚性をとる。プレーリーハタネズミの雄は生涯1匹の雌と交尾をし、生まれた子どもの世話をする一方、サンガクハタネズミの雄は複数の雌と交尾をして回り、子の世話は一切しない。面白いことに、プレーリーハタネズミでは、オキシトシンやバソプレッシンという下垂体後葉ホルモンが、雄が交尾をした雌と一緒に子育てすることを促進する一方、乱婚制のサンガクハタネズミでは、バソプレッシンは異なった個体との交尾を促進する。

 その機序は、エモリー大学のヤングらのグループによると、脳内でのバソプレッシンの受容体(V1aR)が、プレーリーハタネズミでは前脳腹側領域と中脳辺縁ドパミン報酬経路内の腹側淡蒼球に多く分布しているものの、サンガクハタネズミでは見られないという。そして、サンガクハタネズミの雄の腹側淡蒼球に、アデノウイルスベクターを使ってV1aR遺伝子を導入したところ、連れ合いの雌と身を寄せ合う時間が増加し、子どもの世話を始めたという。V1aRがドパミン報酬経路にあることから、バソプレッシンによって報酬経路が活性され、パートナーである雌に対する選好性すなわち「恋」が動機付けられるらしい。

 プレーリーハタネズミとサンガクハタネズミは比較的最近に分化した種で、V1aR遺伝子自体にはまったく差が見られないが、V1aR遺伝子の上流部位のマイクロサテライトDNAと呼ばれる繰り返し配列の挿入に差異があり、調節領域の変化が個体の行動を変えるとしている。

 ヒトでもV1aR遺伝子は変異が多く、カロリンスカ研究所のワルムらは、550例の双子の遺伝子を解析し、同じ遺伝子の334型を1コピーあるいは2コピー持っていると、結婚しない割合や、結婚生活が危機に瀕する割合が高く、離婚率も2倍になるという。ほかにも、新しいものを求め続けるドパミンレセプターDRD4多型など、ヒトの行動はかなり神経伝達物質の分泌やそのレセプターに左右されるので、恋多き業平卿やカサノヴァ、バイロン卿などは、共通した遺伝子の変異があるのかもしれぬ。

 ただ、この話を聞いた浮気男がゲノムを調べて、奥方に「自分の遺伝子が悪い」と開き直っても、筆者はその有効性に責任を負えないのでご了承ください。

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