「NHKのプロデューサーの方が加藤清正の役を提案されたのですがそれがダメになったとき、私が『将門はどうですか』と言ってみたら決まったんです。私は仕事を選んだことはなく与えられた役を演じてきましたが、この時は唯一の例外でした。その時代の都合によって、将門は極悪人というレッテルが貼られ、排除され否定されてきましたが、大河ドラマで新しい光を当てて見直してみるという大きな機会に、将門を演じることの重みをひしひしと感じました」
舞台「お前にも罪がある」「マクベス」「ジュリアス・シーザー」「伊能忠敬物語」、テレビドラマ「人間の條件」「大岡越前」、映画「砂の器」「忍ぶ川」で既に大スターだった当時38歳の加藤さんの口癖は、「与えられた役を懸命にやるだけ」だが、「平将門」だけは自ら望んで挑んだ記念碑的な作品だった。
「将門にとてもひかれていたからぜひ一度やってみたかった役でした。将門は坂東のために立ちあがり、坂東のために生きた男で、そこに惹かれます。朝廷から虐げられ、弓を引いために最後は悲劇的に亡くなりますが、それだけに私には思い入れの強い役です」
演じてから四十年余を経た今でも加藤さんの将門に対する思いは止まるところを知らない。
「将門はたしかに時の権勢に弓引いたわけですが、彼の中に用意周到に計画を立てて国家転覆をはかろうという気持ちはなかった。自分の生き方に忠実であろうとすると、それが革命というふうな形にならざるを得ない。命をかける値打ちのある夢なら、あえて夢を見よう。そういう生き方が大変に魅力的だし、今でも好きなんです」
将門と絡むヒロインに吉永小百合、多岐川裕美、真野響子などが扮しているほか、モデル出身の草刈正雄、ベテランの小林桂樹、佐野浅夫、新珠三千代、星由里子など多彩なキャスティングが組まれた。
将門に関する歴史の歪みを正そうと小説を書いた海音寺潮五郎、将門に共鳴して熱演した加藤剛、構成に工夫を凝らして演出した大原誠。「平将門は」はそれぞれのジャンルの表現者が歴史の歪みに取り組んだ大河ドラマとして忘れられない一篇だ。(植草信和)