「今までの小泉先生の本ではくらしのディテールやその意味が詳細に述べられていたのですが、この本ではそのくらしを営んでいた人々の物語を読むことができてとても面白かった。僕は、自分が知らない時代に普通の家族がどのようなくらしを辿っていたのかということにすごく惹かれるんです。まずくらしがあって、その上に歴史があるんだなということを感じます」(片渕さん)

「この世界の片隅に」でも、戦時下における普通の人々のくらしをきちんと描くことに力を注いだ。そこで浦谷さんが生活史を調べる担当となり、同博物館で開かれている昭和の衣食住を学ぶ講座(「昭和くらしの学校」)にも参加。半年間、月2回博物館に通い、料理や裁縫など当時のくらしについて実技を交えて習ったという。

「主人公のすずが家業の海苔づくりを手伝うシーンでは、動きを知るために広島にある海苔の博物館のようなところに道具を見に行ったりもしたんですが、それでもやり方までは分からず……。悩んでいたら『昭和くらしの学校』で東京・大森でも海苔を作っていたという話を聞き、さらに、大森に「海苔のふるさと館」があることを知って。そこで実際に海苔づくりの体験をして、やっと色んなことが分かりました」

 アニメーションは動きがあるので、所作が分からないと描けない。自分が体験してみることが大切だと浦谷さんは話す。

 片渕さんたちは物語に出てくる料理も色々と試作したという。

「映画に出てくる楠公飯(なんこうめし)も何回も作りました。玄米を炒って爆ぜたものを炊くので香ばしいといえば香ばしいけれど、水を吸ってしまって味気もないので、あれを主食にするのは情けない気分になるだろうと思いました」

 映画には世代によって受け取り方が違う部分もあると片渕さんはいう。例えば、すずさんがもんぺを作るために着物をハサミでいきなり半分に切る場面がある。小泉さんはあのすずさんの行動について「本当はあんなやり方はしませんね」と笑う。

「そうなんです。あれはすずさんが粗忽(そこつ)者だということを描いているわけで、本当はあんなやり方をしてはいけないんです。ただあれを観て笑う方は大体、70代、80代のお客さん。そういう方の反応を映画館で見て『ああ、あれは違うのか』と初めて気づいた方もいっぱいいると思います」

「この映画が、世代を超えて会話するきっかけにもなったのではないか」と片渕さんが話すと、「それこそがこの映画のいいところだ」と小泉さんは続けた。

「空襲や原爆は歴史として残りますが、普通の人々の、日々のくらしがどうだったかということはあまり語り継がれないんですね。この映画では主婦であるすずさんのくらしを優しく穏やかに描いています。旦那さんの周作さんはじめ、嫁ぎ先の家族もみんないい人ですね。それでもすずさんは『禿げ』ができてしまう……。いろんな形でなにげなく描かれたエピソードでこの時代の状況をあぶり出しているんですね。そうやって、『くらし』を通じて時代を継承していくことはとても大切なことだと思います」

(文/国府田直子)

「『この世界の片隅に』監督が明かす、玉音放送の知られざる歴史」へつづく