例えば覚せい剤などの場合、所持が発覚すれば逮捕されるし、使用を続ければ幻覚や妄想を抱いて生活が立ち行かなくなり、医療機関に運ばれることになる。統計に表れやすいのだ。
しかし、市販薬は乱用しても幻覚などが出づらく、また価格も麻薬に比べて安いため、生活が破たんしにくい。結果、乱用者は誰にも知られることなく摂取を続けることになる。まさに“見えない薬物汚染”である。松本医師は「水面下の使用者を含めれば、最も大規模な汚染かもしれない」と語る。
放置できる問題ではない。薬局に売っているという安心感からか、市販薬の乱用に陥る危機感は非常に低いが、その先に待つのは麻薬となんら変わらない地獄だ。
「市販薬にも依存性があります。徐々に飲む量が増えていき、ブロンの場合、1日に2瓶、約160錠を飲む乱用者はざらです。私が診察した最悪のケースでは、1日に700錠以上も飲んでいる患者がいました。これほど依存が進むと、いくら飲んでも倦怠(けんたい)感に包まれ、仕事にもいけず、人と会う意欲もなくなる。また、食欲もなくなり、やせ細っていきます」(前出の松本医師)
それだけでは終わらない。その先に待つのは「無動機症候群」だ。通常、私たちが「何かをしよう」と意欲を抱くとき、体内で生成されるドーパミンを脳が受容することによってそれが起きる。だが、薬物によって日常的に脳を刺激していると、脳が形態学的な変化を起こし、通常の量のドーパミンでは機能しなくなる。結果は、慢性的な虚脱状態、社会生活は無理だ。ここまで事態が進行すると、薬をやめても健康な状態に戻ることはない。
「かといって、ある程度依存が進んだ状態で薬をやめるのもまた地獄。特にブロンの禁断症状は、覚せい剤よりもつらいといわれます。だるくてしかたないけれど、焦燥感にかられ、横になっていることもできない。自分の肉体を恨めしく思うような、身の置き所がないようなつらさに延々とさいなまれるのです」(同前)
国は、どのような対策を講じているのか。取材に答えた厚生労働省の担当者の表情は険しい。