さて、これからは私見だが、日本での報道を読んだり聞いたりして気になったのは、「村上春樹vs.ボブ・ディラン」という視点や「フォークの神様」などといった呼び方は論外として、プロテスト・ソング、社会へのメッセージ、あるいは「フォークからロックに転身」といった要素が強調されすぎていることだった。たとえば、ほとんどのニュースで、公民権運動やベトナム戦争の映像が使われ、BGMは判で押したように「ブロウイン・イン・ザ・ウィンド」。

 先月からこのサイトで連載している「ディラン名盤20選」でも書いたことだが、ノーベル賞の対象となった彼の文学大系が描いてきたのは“Time passes and love fades”ということに尽きるはず。古くはホメロスやダンテ、19世紀のホイットマン、ビート世代のギンズバーグなど数えきれないほどの先達からさまざまなことを吸収し、そして、ウッディ・ガスリーやハンク・ウィリアムス、ロバート・ジョンソンらによるアメリカの歌の伝承をきっちりと受け継ぎながら、自分のメロディーで自分の言葉を歌ってきたのだ。また、この連載では「フォークからロックへ」「アコースティック・ギターからエレクトリック・ギターへ」という一面的な受け止めに対する疑問も提示してきた。これを機会に、あらためて読んでいただければと思う。

 最後に、米英のいくつかのサイトの記事のなかで「重要な曲」としてあげられている作品を紹介しておこう。「ミスター・タンブリン・マン」「イディオット・ウィンド」「ラヴ・マイナス・ゼロ / ノー・リミット」「ドント・シンク・トゥワイス、イッツ・オールライト」「ノット・ダーク・イエット」「タングルド・アップ・イン・ブルー」「ライク・ア・ローリング・ストーン」「オール・アロング・ザ・ウォッチタワー」「ポジティヴリー・フォース・ストリート」「チャイムズ・オブ・フリーダム」「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」「デソレイション・ロウ」「ヴィジョン・オブ・ジョアンナ」。「ミリオン・ダラー・バッシュ」のようにひたすら楽しい曲や、「レイ・レディ・レイ」のようなラヴ・ソングもたくさん残してきたことも指摘しておこう。

●大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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