5時45分に帳場さんの第二陣が出勤するとまもなく、客が入り始めた。

「◯◯さん、いらっしゃい」「◯◯さん、おはようございます」

 店の前を通りがかるお客ひとり一人に、四十八願さんは声をかける。お客の通り道から帳箱までの距離は5メートルほど。その距離でもちゃんとお客に声が届いている。四十八願さんは、叫ぶわけでもなく、軽やかな大声であいさつをし続ける。声をかけられた客は、はにかんだ笑顔を向けていた。

 お客さんの名前をすべて覚えているのか聞くと、「だいたい覚えていますよ。少しでも気持ち良く買ってもらいたいですからね。(名前を覚えるのは)当然です」と笑った。

 こんなノートもあるんですよと、四十八願さんは数冊の手帳を見せてくれた。そこには、客の名前や店名、住所や電話番号に加え、フグの調理免許の有無など、客ごとの情報が詳細に書かれている。しっかりと情報管理をしているだけでなく、その全てを覚えていることに感服。そういえば、最後にお会いしてから1カ月以上たっていた私にも、「あら岩崎さん!」と声をかけてくれていた。

「◯◯さん、イナダ、2.5」「◯◯さん、天然のあゆ、1.2」「◯◯さん、ウニ二箱、大箱の良いのはありませんって(伝票に)書いておいて」

 6時半を過ぎると、買い付け客のピークが始まる。売り手が「屋号または得意先名」「品目名」「キロ数(または本数・箱数)」を次々と通していく。四十八願さんも、「ハイ」「ハイ」と一層大きな声で応じながら、次々と伝票を起こしていく。

 値札に書かれた金額と異なる値段で決済をする際は、符丁が使われる。例えば、「あ(1)」「い(2)」「う(3)」のように、それぞれの数字に応じた文字が店ごとに決められており、第3者からは「特別値引き」がわからないようになっている。一つの数字に一つの文字というわけでなく、55のように数字が並んだ場合はこう呼ぶなど、さらに細かい取り決めもある。魚の名前を聞き分けるだけでもやっとの私は、符丁も混じった値段が通ってくると、もう聞き分けることを諦めたくなってきた。もちろん四十八願さんは、符丁を聞いても一瞬も惑うことなく、すらすらと伝票を書きすすめている。

「スーパーのようなレジを使うことはないのですか」と聞くと、「無理です!」と即答された。客を待たせずすぐに対応するのが市場の流儀。手で書いて渡す以上のスピードは、とても機械では実現できないとのことだった。

 ごった返す市場で即時即決のやりとりを続けるには、はっきりと聞こえる声を発することも大切だが、帳場さんでは、よく利く耳も重要だ。

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