筆者がやまふ水産でイワシを買った際の伝票。注文を通してからほんの数秒で、この伝票が帳場さんから渡された。(撮影/岩崎有一)
筆者がやまふ水産でイワシを買った際の伝票。注文を通してからほんの数秒で、この伝票が帳場さんから渡された。(撮影/岩崎有一)
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 2016年11月に豊洲への移転を控える築地市場。約80年に及ぶ築地市場の歴史を支えてきた、さまざまな“目利き”たちに話を聞くシリーズ「築地市場の目利きたち」。フリージャーナリストの岩崎有一が、私たちの知らない築地市場の姿を取材する。

 築地市場の“場内”といえば、われわれがイメージするのは「仲卸」だ。でも実際には、どんな仕事をしているのか知らない人の方が多いだろう。今回は築地の金庫番ともいうべき、「帳場」を取材した。33年間「帳場」に立ち続けてきた“目利き”に話を聞いた。

*  *  *

 仲卸に魚を仕入れに来た客が会計をする場所を「帳場」という。親しみを込めて「帳場さん」と呼ぶ人も多い。銭湯の番台のようなたたずまいの帳場さんがどんな仕事なのか気になった私は、やまふ水産の帳場で長く働く四十八願(よいなら)幸子さんを訪ねた。

 朝2時半、巡回しながら従業員を乗せてくる車で到着。帳箱(帳場が入る1畳ほどのスペース)の中はぬれていないが、四十八願さんもやはり他の人たち同様、長靴を履いたいでたちだ。

 この時間に買い付けに来る客はまだなく、ピークに向けて淡々と準備を進める。お釣りと伝票を用意し、ボールペンをそろえ、メモ帳をそろえる。かつてはそろばんも必須だったが、89年に消費税が導入されてからは電卓に代わった。

 空はまだ暗いが、すでにFAXで入った注文が、帳場の周辺に何枚も貼りつけられている。直接買い付けずに配送する客へは掛け売りをするため、FAXやメモを見ながら掛け伝(掛け売り伝票)を準備。4時を過ぎると、屋号(客先名)と魚の名前が書かれた掛け伝が、帳場にあるまな板ほどの小さなカウンターにずらりと並んだ。

 この頃になると、店ができあがり始める。売り手が値札に書き込んだ値段を遠目にのぞき込みながら、その日のそれぞれの魚の値段をメモ。5時をまわった頃には、四十八願さんのメモ書きは数十行に達する。

 早い客は5時頃からやってくるが、まだ客足は少ない。売り手が値段を書くクレパスの色が必要な分そろっているかどうか、ティッシュ箱が足りているかどうかなど、帳場周辺の「店づくり」にも目を光らせながら、来るべきピークを待つ。

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