とはいえ、変化がないわけではない。週明けの16日の月曜日は、パリ近郊は記録的な大渋滞だった。地下鉄や電車などの公共交通機関の利用を恐れた人々が、車で通勤をしたからだ。通常よりも2割も交通量が増え、大渋滞を起こした。さらに、駅や店舗、オフィスビルに入る時は、カバンをチェックされる。街での警官や迷彩服を着て銃をもった軍人の警備の数が増えた。観光客は、パリ行きをキャンセルし、いつもなら何時間も行列しなければならないエッフェル塔には、今なら15分ほどで入場できる。

 筆者の日常にも変化があった。地下鉄の駅で不審物が発見されたため一時封鎖となり、2駅ぶん歩くことになった。コンサート会場に到着すれば、入り口でカバンの中身を確認するだけでなく、金属探知機でのチェックもあり、劇場前は長蛇の列。20分かかってようやく入場したら、チケットは完売のコンサートだったはずなのに、実際にはいくつかの空席がみられた。外出を控えた人もいるのだろう。

 身の回りの知人たちにも、それぞれテロにまつわる経験があった。ひとりは、13日にスタッド・フランスでサッカーを観戦していて、爆発音を聞いた。別のひとりは、襲撃されたカフェの近くのバーで飲んでいたが、そのバーが銃声を聞いてすぐシャッターを閉めたため、朝の3時まで帰宅できなかった。生後9カ月の子供がいる友人家族は、襲撃場所から徒歩2分のところに住んでいる。街にはテロの爪痕があり、不安になる。だから友人と集い、おいしいものを食べ、語り合うのだ。ここで生きていかなければいけない。

 以前と全く同じパリの生活とはいえない。テロはこの街の人のくらしにも傷跡を残している。

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 そうしてテロリストが、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒を憎み合わせることによって、フランス人を分断しようとしているなか、共和国広場に集まる人々は、そんなテロリストの思惑に対抗するため宗教に関係なく「フランス人」として連帯しようと心に決めているようだ。

 フランス・イスラム教徒学生連盟の理事である女学生のデゥニアさんは「イスラム国(ISIS)の人たちは、私たちイスラム教徒とは全く関係ないの。同姓同名のように名前が同じだけど、全くの他人だわ。イスラム教のコーランには、人を殺していいなんて、どこにも書いていないのだから。イスラム教は、他人への敬意を払う平和的な宗教だもの」と、声高に語る。16日には、アブデル・タドマヤさん(31)が目隠しをして「僕はイスラム教徒です。みんなは僕がテロリストだと言っています。僕はあなた方を信用しています(目が見えない状態なので)。あなたはどうですか?僕を信用しているならばハグしてください」というパネルを足元に置いて、4時間共和国広場に立った。彼をハグするフランス人があとをたたなかった。

 悲しみの中から、フランス人たちは心のうちにテロリストたちへの静かな闘志の炎を燃やし、平常生活へと戻っている。

鎌田聡江(かまだ・としえ)
フランス・パリ在住のライター。横浜市立大学文科国際関係学科卒業、南イリノイ大学政治学部卒業、パリ第八大学政治学部修士課程修了。日本での出版社勤務を経て、1998年よりパリを拠点に、フランスの文化・社会事情をレポート。フランス政府発行の外人記者証保持。フランスの食文化、職人のテーマを得意とする。日仏のテレビ・雑誌の撮影コーディネートも担当。