キヤノン電子を、わずか6年で売上高経常利益率1%から、10%超の高収益体質の会社へと成長させた手腕でビジネスパーソンの支持を得ている酒巻久社長。実は酒巻氏は、故・スティーブ・ジョブズ氏と孫正義氏という、希代のカリスマ・ベンチャー経営者と仕事をし、2人の信頼を得た人物だった。
酒巻氏がこのほど著した『見抜く力──リーダーは本質を見極めよ』(朝日新聞出版)のなかで初めて明かしたのが、孫正義氏との関係。酒巻氏は、まだ孫氏が通信業界に参入する前の30歳前後の頃に、キヤノンを訪ねてきた孫氏と出会い、その資質を見抜き、 レーザープリンターのアプリケーションライブラリーの制作を依頼している。 当時、九段下にあった孫氏の会社を訪ねた酒巻氏は、部下、1人ひとりに気さくに声をかける孫氏の姿と、それでいてピリッと締まった会社の空気に接し、「部下から恐れられ、尊敬されている」というマキャベリの「君主論」の資質を若くして身につけている姿に驚いたという。それ以来、2人の信頼関係は30年間、変わることなく続いている。
スティーブ・ジョブズ氏と酒巻氏はパソコンを共同開発している。1988年にキヤノンで酒巻氏が開発したNAVIというパソコンは、パソコンとワープロと電話とファクスを1台にまとめたマシンで、タッチパネルを採用し、画面のアイコンに触るだけで電話もかけられる最先端のものだった。時代の先を行きすぎていたNAVIはあまり売れなかったが、当時、アップルを追われていたジョブズ氏が絶賛。「NAVIを発展させた新しいコンピューターを一緒に作ろう」と熱烈なオファーをし、キヤノンは、ジョブズ氏が作った新会社であるネクストコンピューターに出資し、新しいコンピューターを共同開発することになったのだ。