中東訪問中の安倍晋三首相を狙いすましたように、イスラム過激派組織「イスラム国」による日本人殺害予告事件が発生した。日本時間1月20日夕、イスラム国は「72時間以内に2億ドル(約236億円)を払わなければ、拘束している日本人2人を殺害する」との脅迫映像をインターネット上に公開。日本政府は、2013年1月に北アフリカの天然ガス精製プラントで日本人10人が死亡した、アルカイダ系の武装勢力「イスラム聖戦士血盟団」による「アルジェリア人質事件」以来の緊迫した対応に迫られている。

 イスラム国は人質の身代金を収入源のひとつにしている。国連は2014年11月、イスラム国が得た身代金は1年間で40~50億円以上にもおよぶと報告した。

 シリアでイスラム国の人質となっていた米紙「ニューヨーク・タイムズ」記者のジェームズ・フォーリーさんが、2014年8月に殺害された事件を覚えているだろう。この時期、フォーリー記者とともに人質になっていた23人のうち、フランス人やイタリア人、スペイン人など15人が解放され、アメリカ・イギリス・ロシア人の5人が殺害された。

 彼ら人質の生死を分けたのは、ひとえに「金銭」であったといえる。当事国は身代金の支払いを公には認めないが、払った国の人質は解放され、払わなかった国の人質は殺害されたと判断して間違いない。身代金は一人当たり200万ユーロ(約2億7000万円)だったといわれている。今回の要求は「相場」の50倍という巨額なものになっているが、安倍首相が発表した中東諸国への「2億ドルの人道支援」をイスラム国が一方的に「敵対行為」と曲解し、提示したものだ。

 また、1月7日に仏パリで起こった週刊新聞「シャルリー・エブド」襲撃事件は、アルカイダ系イスラム過激派「アラビア半島のアルカイダ」が「最高指導者アイマン・ザワヒリに命じられた」と犯行声明を発表。これに対抗して、アルカイダと絶縁関係にあるイスラム国が、自身の存在感を再び世界に誇示するために、日本人人質を利用したとの指摘もある。

 元シリア大使で、中東地域に約10年勤務した国枝昌樹氏は解説する。

「日本政府は、テロには屈しないという基本姿勢を貫くでしょう。犯行グループによる不法な要求に対しては、従来どおり〈ノー・コンセッション(譲歩しない)の原則〉に従って毅然と対処する。しかし、人命の救出にはあらゆるチャンネルをつかって最大限の努力をするということです。わたしたちは、今政府の交渉を全面的に信頼し支援して、同時に努めて冷静に推移を見守るべきです。それが政府の交渉力を高め、イスラム国に対する抑止力になります。イスラム国は、日本の報道をつねにウオッチしています。フィーバーした国民的反応は、アピールが目的の彼らを利することになりかねません。この卑劣な事件が無事解決してから、さまざまな論点を明らかにしていくべきなのです」

 卑劣なテロ行為によって、活動資金を得たり偏狭な政治的主張をアピールしたりという、イスラム国の「非道」を断じて許すわけにはいかない。しかしながら、いまは冷静に見守るべきだ。関係者の思慮深い対応を願うばかりである。

(文・『イスラム国の正体』編集チーム)