今年も「歌舞伎の1年」の始まりを告げる「吉例顔見世大歌舞伎」が歌舞伎座で始まった。これは毎年11月に「これからの1年間はこれらの役者が舞台に上がりますよ」という挨拶を兼ねて行われるもので、江戸時代に劇場と役者が1年ごとの契約を結んでいた名残だという。
豪華な顔ぶれと演目が並ぶため、この時期には雑誌などで歌舞伎関連の特集が組まれることも多い。しかしながら、そうした特集を読んで、いくら興味をもったとしても、いざ実際に観に行こうとすると、初心者にとってはなかなかハードルが高いのも事実。
特に、歌舞伎は基本的に日中(昼の部は午前11時、夜の部は16時30分に開演)に上演されているため、ビジネスマンをはじめとする働き盛りの世代は、時間的にも観に行くのは難しい。躊躇してしまうのもよくわかる。
そうした人たちの背中をエイヤッと押してくれる、ちょうどいい本がある。本書『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版新書)だ。著者の成毛眞氏は、マイクロソフト日本法人の元社長、書評サイト「HONZ」代表として知られるが、実は20年超の歌舞伎ファン。自分がもっと若いころに、「歌舞伎を観る」面白さを教えてくれる本がほしかったという思いから本書を執筆したという。
いまでこそリタイア世代のものというイメージが強い歌舞伎だが、そもそもの始まりは江戸時代の大衆娯楽。席で酔っぱらってしまう人や寝てしまう人なども大勢いたというが、つまりは極めて敷居の低いものであった。そうした歌舞伎の成り立ちを踏まえると、本書の中で成毛氏が「歌舞伎は音楽のフェスのようなもの」と主張しているのも至極納得がいく。演目が複数並び、役者が入れ替わり立ち替わり舞台を務める様は、まさにフェスの印象と近い。
なぜ著者がビジネスマンに歌舞伎をすすめるのか。その理由は、教養として役に立つからだという。現代の日本では、教養というと単なる知識を指すことがほとんどだが、西洋では古くから、教養とは単なる知識を超えて、社交界における振る舞いや会話を楽しむための文化的な素養を含み込むものであった。そのため西洋、特にヨーロッパでは、ギリシャ・ローマの古典だけでなく、シェイクスピア劇やオペラも教養であり続けた。これを日本に当てはめると、能・狂言はもとより、歌舞伎も教養として位置づけられる。
とりわけ、日本政府は2020年の東京五輪開催に向けて外国人の誘致に力を入れ始めている。今後、自然と接する機会も増えてくるだろう。そのとき、たとえ英語ができたとしても、日本固有の文化について答えられないのは日本人として恥ずかしい。
せっかくの機会である。本書をきっかけに、今年こそは思い切って歌舞伎に足を運んでみてはいかがだろうか。