一方、現在ギリシャで難民の子どもたちの支援活動をしている井本には、華やかな舞台に立つ自分への違和感があった。ドレスを纏っても、そんな思いを消せなかったからこそ、登壇途中でハプニングを引き起こしてしまったのだろう。

 ギリシャは今、6万人超の難民がキャンプ生活を送っているという。シリア、アフガニスタン、イラク、イエメンの出身者が大半を占め、その子どもたちは3万人以上。近年、キャンプは定員の10倍以上に膨れ上がり、彼らの生活環境は大きく悪化していると言われている。

 井本はギリシャに難民が増え始めた16年、前任地のアフリカ・マリ共和国からユニセフ教育専門官として赴任した。井本の仕事は、子どもたち全員が教育を受けられるようなシステムを考案し、ギリシャ政府と交渉すること。時には現地の公立の学校に通えるよう教育省と掛け合い、また難民の子どもを教える教員の研修、具体的な教育プログラムの策定と、やるべき仕事は尽きない。

 当初は言葉で苦労した。これまでの赴任地はアフリカが多く、英語とフランス語でほぼ乗り切れたがギリシャは通用しなかった。

「赴任してすぐ、ギリシャ語を猛勉強。そしてアラビア語やダリ語も勉強しましたよ。難民の子どもたちは内戦や貧困で教育を受ける機会がなかった子が多く、まず母国語の読み書きを覚えてもらうことから始めました」

 難民の大半は、ギリシャはあくまで経由国と考え、いずれは経済的に豊かなドイツ、オランダ、ベルギー、北欧諸国行きを希望している。そんな現実を踏まえ教育専門官としての井本は、彼らが希望国で順応できるよう基本的な知識や素養を身につける教育プログラムを考案している。だが、現実はEU諸国が彼らの受け入れを渋り、ギリシャに足止めされる難民が日々増え続けている。

 井本が難民の教育支援と同じくらいに心血を注いでいるのが、現地スタッフの養成だ。井本のようにインターナショナルな国連職員は任期が1年ごとに更新され、より緊急性の高い国に赴任することが多いため、その国の実情に合った教育プログラムを策定し、それを持続可能にするには、現地スタッフの養成は何より重要になるからだ。

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12歳で訪れた最大の岐路は