平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数
5月6日までの利用中止を伝えるスポーツ施設の掲示 (撮影/堀井正明)5月6日までの利用中止を伝えるスポーツ施設の掲示 (撮影/堀井正明)
 指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第16回は「ティーチング」について。

【写真】5月6日までの利用中止を伝えるスポーツ施設の掲示

*  *  *

 4月7日の政府の緊急事態宣言を受けて、競泳の日本代表チームが強化練習の拠点にしてきた味の素ナショナルトレーニングセンター、国立スポーツ科学センター(JISS)が、宣言期間の5月6日まで使えなくなりました。

 東京都内の体育施設が使用停止になり、スポーツをめぐる状況は非常に厳しくなっています。新型コロナウイルスの感染拡大防止、選手の健康、安全を第一に考えて、東洋大に設置していたトレーニング用の室内用自転車「ワットバイク」を選手の自宅に運ぶなど、自分たちで練習環境を整える努力を続けています。

 今までの当たり前は当たり前ではなかった、ということを感じています。「できるだけ東京にとどまっていただきたい」という安倍晋三首相の会見を見て、涙ながらに帰省をあきらめた選手もいます。外出自粛が求められる期間が続くことで、スポーツ選手に限らずメンタルのケアが非常に大切になってくると思います。

 私は一人ひとりの選手とできるだけ会話をするように努めています。心掛けているのは、「○○するな」といった「否定語」を使わないということです。

 選手指導では「コーチング以前にティーチングをする」という自分の原則を持っています。選手の考えを理解しながら能力を引き出す「コーチング」の前に、前回の連載でお伝えしたあいさつや他人を思いやることなど社会人として必要な基礎を教える「ティーチング」があるべきだ、という考え方です。中学2年から教えてきた北島康介には、ティーチングの時期に本人としっかりと向き合って基礎ができていたから、世界に立ち向かっていくときのコーチングがうまくいったと思っています。

 
 ティーチングのときに自ら課してきたのが、「否定語」を使わないというルールです。「必ずあいさつしなきゃダメだ」と「否定語」で指導をすると、「何言ってんだ」と反発心を持つ選手もいます。それよりも「朝は気持ちよくあいさつしよう」と「肯定語」を使うほうが、より選手に浸透していくのです。

 東京五輪を目指してスペインで高地合宿をしていた3月、ドイツのメルケル首相が国民の7割にも新型コロナウイルスの感染が広がる可能性を語ったニュースを見ました。病院の機能を保つために感染拡大のスピードを遅らせる。そのために外出を控える。合宿で自分の限界を超えるための練習に取り組んでいたわけですが、それより「これを我慢しよう」という規制のほうがずっときついな、と考えていました。

 私は都内に妻と小学3年生の娘と暮らしています。外出自粛については、五輪が予定通り行われていたら合宿が続いて家から離れていたはずなので、家族と過ごす時間が増えた、と前向きにとらえています。ただ、娘はGW明けまで学校が休みとなり、習い事にも行けなくなって、親として頭を悩ませています。

 外出が減って家族と一緒にいる時間が増えるのは、プラス面ばかりではありません。ささいなことできつい言い方になって、「あっ、いけない」と反省することがあります。否定語を使わず、肯定語で話すようにするティーチングのルールが、家庭でも必要なんじゃないかと感じています。

(構成/本誌・堀井正明)

週刊朝日  2020年4月24日号