なぜ、行き過ぎた攻撃、無関係の人々に対する差別が蔓延してしまうのか。筑波大学医学医療系の太刀川弘和教授(災害・地域精神医学)によると、これらは「魔女狩り」と全く同じ心理反応なのだという。
「中世の魔女狩りやユダヤ人の虐殺は、ペストの流行が一因です。集団全体に蔓延した不安が差別や暴力に形を変え、悲劇を生む例は数多くあります。菌が発見される前の時代のこととはいえ、心理的な反応は現在の“コロナ差別”と同じです」
14世紀以降ヨーロッパで大流行したペストは「黒死病」と呼ばれ、ヨーロッパの全人口の30~60%が死亡したとされる。そんな社会不安のなかで、攻撃の対象となったのが「魔女」やユダヤ人だ。対処不能な感染症に対して、人々は超自然的な力が原因だと考え、背教者とみなしたものを標的にした。また、ユダヤ教徒たちの死者が比較的少なかったことから、「ユダヤ教徒が井戸に毒を投げ込んだ」などというデマも広がった。
「これは、社会全体が不安になると“不安”を“恐怖”に変えようとする集団心理が働くことが原因です」(太刀川教授)
太刀川教授によると、感染症拡大時に人々が抱く感情には、主に「恐怖」と「不安」があるという。この二つは似て非なるもので、恐怖とは対象が明らかなものを恐れる気持ちなのに対し、不安は「今後どうなるのか」「自分はどうすればいいのか」など、対象がはっきりしない際の感情をいう。恐怖は対象を排除することで取り除けるが、不安は対処が難しい。
「“不安”を“恐怖”に変えれば、恐怖の原因を排除することができる。そうすることで安心を求めるのです」(同)
つまり、感染症拡大による先行きの見えない「不安」を、「中国人がウイルスを広めた」「感染者や関係者に接触したら危ない」など対象が明らかな「恐怖」に変える。その恐怖の対象を取り除けば、安心できる。そのために人は、対象を差別し、攻撃するのだという。