これを受信した一人が意見に賛同して、サンフランシスコ・クロニクル紙に転送し、同紙がそれを掲載。その後、乗員のうち2700人は下船し、グアムの米軍基地に収容された。

 海軍長官代行のトーマス・モドリー氏は「情報漏洩の意図はなかったとしても、メディアに漏れるような行動は不適切だ」として、ただちにクロージャー艦長を解任した。だが海軍制服組のトップ、作戦部長のマイケル・ギルディ大将は「海軍の手続きでは、このような措置の前に調査が必要だ」と異を唱えた。4月3日、クロージャー艦長が退艦する際、空母に残っていた乗員のほとんどが格納甲板に集合、一斉に「キャプテン・クロージャー!」と叫び続け、盛大な拍手で去りゆく艦長への支持と感謝を表した。

 通常、艦長退艦の儀式は士官たちが正装で整列し、敬礼で見送る。だがこの日の動画には数百人の将兵が作業服姿で押しかけ、拳を上げて怒号する反政府デモのような光景が映されていた。軍艦の乗員が団結し、政府や海軍省に対する怒りを公然と表現するのは極めて異例だ。日露戦争中の1905年6月、ロシア黒海艦隊の戦艦「ポチョムキン」でウジのわいた塩漬け肉を水兵に食べさせたことを機に反乱が起きた事件を思わせた。

 モドリー海軍長官代行は乗員の反抗を鎮めようと、6日にグアムに飛び約30分演説した。だが彼は乗員をしかりつける態度で、クロージャー元艦長を「あまりの世間知らずか、あまりの馬鹿だ」と罵倒した。この演説を乗員が録画、公表したため、モドリー氏は「海軍軍人を侮辱した」として海軍士官や民主党議員らの激しい非難の的となり、翌7日に謝罪、海軍長官代行の辞任に追い込まれた。この事件は国防総省の文官と制服軍人の不和を示す結果にもなった。

 クロージャー元艦長自身も離艦後の検査で感染が判明したが、海軍から退職させられてはおらず、階級も大佐のままだ。回復すれば再調査で処遇が決められるが、米海軍上層部にとっては、この「英雄」をどう扱うか難しいところだろう。(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)

AERA 2020年5月4日号-11日号より抜粋

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