
新型コロナウイルスの感染拡大は、米海軍にも影響が及んでいる。艦内感染から乗員を守るために上陸を求めた艦長の直訴をめぐる事件から混乱が生じている。AERA 2020年5月4日-11日号で掲載された記事を紹介。
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新型コロナウイルスの感染者は4月22日に世界で258万人を超え、死者は17万8千人に達した。うち米国では感染者が約82万5千人、死者は4万5千人超だ。米軍はベトナム戦争で5万6千人の死者を出しており、初の感染者が確認された1月21日からわずか3カ月でその80%にあたる死者が出た。
見えない敵ウイルスは、各国の軍隊にも大混乱をもたらしている。その最たる例が、米海軍の原子力空母「セオドア・ルーズベルト」(9万7900トン)の艦内感染だ。
同艦は1月17日に母港サンディエゴを出港、佐世保を母港とする強襲揚陸艦「アメリカ」(4万4400トン、ヘリコプター空母)などと沖縄南東海域で合流した。3月5日からベトナムのダナンに入港し乗員が4日間上陸休養した後、南シナ海で「アメリカ」や横須賀から来たミサイル駆逐艦「マッキャンベル」(9400トン)などとともに“Show Of Force(戦力誇示)”を行った。
その後フィリピン海を航行中、3月24日に乗員3人の新型コロナ感染が判明。26日には25人に拡大し、27日グアム島のアプラ港に緊急入港した。
31日には感染者が137人に達したため、艦長のブレット・クロージャー大佐(50)はパールハーバーの太平洋艦隊司令部など海軍上層部に対し、深刻な状況を4ページの書簡で直訴。「戦争中でもないのに水兵を死なせる必要は無い。今、行動しなければ、我々が最も頼りにする資産、水兵を守れない」として乗員4865人のうち原子炉や兵器の管理などにあたる保安要員を除く大部分を直ちに上陸させる必要があるとの意見を具申し、支援を依頼した。
どこの軍でも意見具申は直属上官に対して行い、指揮系統を逆にたどって上層部に達するのがしきたりだ。この場合は、空母ルーズベルトとそれを護衛する巡洋艦、駆逐艦、潜水艦などからなる「第9空母打撃群」の司令を通じて上申するのが正当なルートだった。だが艦長は電子メールで海軍航空隊の仲間など20人あまりに送信した。艦長は瞬間的な判断が必要な艦載戦闘機のパイロット出身で、一刻を争う状況の中、群司令が即断をためらう状況に焦ったのではと思われる。