損傷した皮膚や神経などの機能を再生させられるのではないかと期待され、研究が続けられているiPS細胞。脊髄損傷により、からだが麻痺した患者にも治療の兆しがみえてきた。週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療2020』では、10年以上研究を続ける、慶応義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之医師に話を聞いた。
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脊髄とは、脳から背骨の後ろ側を通る中枢神経系で、脳からの指示を伝えてからだを動かす重要な役割を担っている。神経の本幹であり、脊髄から首や肩、腕へと枝分かれしている。
事故などで背骨を骨折したり脱臼したりすることで脊髄が圧迫されて起こるのが、脊髄損傷だ。頸椎後縦靱帯骨化症や頸椎症などを患っている人が、何かの衝撃によって起こすこともある。日本では新規患者が年に約5千人いて、累積患者数は10万人以上いる。
主な症状は、損傷部より下部に起こる麻痺だ。呼吸障害や排尿・排便障害が起こるケースもある。下半身が全く動かなくなってほぼ無感覚になる完全麻痺と、一部が損傷して動きや知覚に障害が出る不全麻痺の2種類がある。からだだけでなく、車いすでの生活になれば精神的なダメージも大きい。
現在の主な治療は、背骨の固定やリハビリテーションだ。劇的に麻痺を回復させる薬物療法は確立されていない。ロボット技術や電気刺激を使ったリハビリテーションもおこなわれているが、失った機能の回復を目指すのではなく、残った機能を使って日常生活の動作を獲得するために実施される。
不全麻痺の急性期で圧迫が残っていれば、それを取り除く手術や薬物療法を実施する場合もある。
再生医療では、2014年から慶応義塾大学で急性期の患者を対象に、細胞の再生を促す働きがあるHGF(肝細胞増殖因子)というタンパク質からつくった薬を腰から注射する臨床試験がおこなわれ、約半数で改善がみられた。現在、創薬ベンチャーのクリングルファーマがHGFの製剤の臨床開発を進めている。