政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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米独英らは、ウクライナへの支援として最新鋭の戦車の供与を発表しました。しかし、明確な戦略的目標を設定し、停戦への見通しをつけた上での攻撃的兵器の供与とは思えません。
ハイテク兵器といえども、それに精通した兵員が必要で、訓練には半年以上かかるとも言われています。さらに戦車を動かせたとしても、戦車単体では用をなさず、装甲部隊や歩兵勢力とのコーディネートが不可欠です。そうした作戦力や参謀力が、ウクライナに備わっているとは思えません。それを補うためにNATOや米国の戦闘員が覆面でウクライナ入りし、前線を背後で指揮している可能性を排除できません。こうして代理戦争から事実上の参戦へと向かっていく可能性は大いにあります。
確かに祖国防衛のために英雄的な反撃に挺身するウクライナ軍に武器供与を惜しむなという国際世論があるのも事実です。ただ、冷めた目で見れば、最新兵器の製造輸出を考えている国々からすれば、今回の戦闘はある種の「実験場」とみなされている可能性もあります。最新鋭の兵器がどのように使われ、どのくらいの威力と能力があるのか。リアルタイムで実験検証していくという意味で、関係国の関心の対象になっていることも考慮に入れておくべきです。
また、汚職によるウクライナ高官や将官の辞職が続いています。2004年のオレンジ革命で脚光を浴びたティモシェンコ元首相の保養地での豪奢な生活など、戦時とは思えない、一部のウクライナ上層部の暮らしぶりがクローズアップされ、これまでのウクライナのイメージが変わりつつあります。穿って言えば、米国側からの戦車の供与のバーターとして汚職を摘発し、クリーンにしろというリクエストがあったのかもしれません。
ウクライナ侵攻から1年を境に、この戦争をどう見るのか。ロシアの無理無体な侵攻が発端ですが、勧善懲悪、「正義」と「不義」の闘いとして単純化する見方からそろそろ脱却すべきです。そして、楽観的な戦局見通しから総力戦の消耗戦へと拡大した第1次世界大戦の二の舞いにならないよう、停戦への環境整備が必要な段階にあるのではないでしょうか。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2023年2月13日号