浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
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浜矩子「コロナ後の経済は『V字』ではなく資産インフレ・実物デフレの『<字』へ」※写真はイメージ
浜矩子「コロナ後の経済は『V字』ではなく資産インフレ・実物デフレの『<字』へ」※写真はイメージ

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

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 回復は何字型? V字型? U字型? はたまたL字型? この問いが飛び交っている。

 新型コロナウイルスへの対応で、世界中の経済活動が激烈に落ち込んだ。この状態からの立ち直りはどんなものになるのか。急角度で力強い復活か。弱弱しくて、おっかなびっくりの復調か。地の底を這うような状態が続くのか。見解は実に様々だ。谷深ければ山高しに決まっていると、自信満々で観測を披露される向きも少なくない。

 確かに、各国で巨額の財政出動と金融超緩和が進んでいる。これらに企業と家計が反応すれば、一気に経済活動がレベル・アップしてもおかしくない。だが、どうもそういう風情は見て取り難い。さしあたり、我々は羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹いている。どこかの時点で、一気に、喉元過ぎれば熱さを忘れるモードに切り替わるのだろうか。

 今、筆者の頭の中はアルファベットスープ状態だ。何字型回復もあり得そうな気がする。だが、これでは敗北主義だ。エコノミストの名に値しない。脳内スープの中から一つの文字をつかみ取らなければいけない。

 そこで気合を入れて脳内スープをにらんだら、一つのイメージが見えてきた。それは「横たわるV」の映像だ。「寝転がりV」と言ってもいい。つまり、「<」である。経済活動が上り調子の部分と下り坂の部分に二極分化していく。このイメージだ。

 日本経済にはもともと多分にこの側面があった。他の国々でも、ここに来てこの傾向が出てきていると思う。日本でも他の諸国でも、「寝転がりV」の上向きスロープ上を滑り上がっているのが資産部門だ。株価が上がる。社債に人気が集まる。暗号通貨への投資が増える。その一方で、実物部門は下りスロープを滑り落ちていく。資産インフレと実物デフレの同時進行だ。

 先行きが不安だ。だから資産を増やしたい。だが、消費や投資は増やしたくない。この心理が「寝転がりV」を生む。

「寝転がりV」が描き出すのは、資産インフレと実物デフレが同時進行する世界だ。資産インフレが高じれば資産バブルになる。バブルとデフレで股裂き状態。コロナ後がこれではつらい。だが、こうなる恐れはある。

AERA 2020年7月13日号