「敵基地攻撃能力」という言葉がなくなる。
といっても、別の言葉に置き換えられるだけの話だ。「自衛反撃能力」「敵基地反撃能力」「スタンドオフ防衛」などという候補が挙がっているそうだ。いずれも、先制攻撃ではなく、自衛のための行動だと強調する意味がある。なんと姑息なことか。後ろめたいからこんなことをするのだろう。
ことの始まりは、河野太郎防衛相主導で決まったイージス・アショア配備の撤回だった。その決定直後から、待ってましたとばかりに出てきたのが、敵基地攻撃能力保有論だ。
しかし、敵基地攻撃能力を保有するというのは、はっきり言って「愚策中の愚策」だ。憲法論もあるが、それをおいても、実務的に実行不可能かつ極めて危険だからだ。
ここで重要なのは、敵基地攻撃実行の時点だ。相手が撃った後の反撃なら自衛戦争だが、いま議論しているのは、相手が攻撃する前の日本からの攻撃である。
政府は、我が国に現実に被害が発生していない時点であっても、相手国が「武力攻撃に着手」していれば、相手国の戦闘機や艦船、さらには基地の攻撃も法的には可能という立場をとる。典型的には、北朝鮮が日本を攻撃するぞと言いながら、ミサイルを発射台に立てて燃料を注入し始めたという場合だ。それならいいかなと思うかもしれない。
しかし、実際には、移動式発射装置や潜水艦から発射するケースもあり、「敵基地」以外の全拠点の動向を掴むことはできない。燃料も固体式だと準備段階を見極めるのは無理だ。万一間違った情報を基に攻撃すれば先制攻撃になり、国際法違反の汚名を着せられ、厳しい制裁を科される。
さらに、やるときは全ての拠点を同時に潰す必要があるが、現実にはほぼ不可能。残った拠点から核弾頭搭載のミサイルが複数飛んできて、そのうち一つでも迎撃に失敗すれば、日本国内で数百万単位の死者が出る。
その能力を持っても実際は使わず、抑止力にするだけだから危険ではないという人もいるが、そんなことは簡単に見透かされて抑止力にはなり得ない。