たとえばコンビニで缶コーヒーを買おうとしたときに、同じブラックコーヒーでA社とB社が並んでいたとする。その日はA社の缶コーヒーを購入したとして、あなたはなぜA社を選んだのだろうか? また、家から同じくらいの距離に2つのドラッグストア(C店・D店)があった場合、なぜ今日はD店を選んだのか――。 これらをきちんと言語化して説明できる人はどのくらいいるのだろう。
「大半の人は『特にこれという理由はない』『別に、なんとなく』と答えるはずです。
なぜなら商品を買うとき、サービスを利用するとき、私たちは全てにおいて『買わない理由』『買う理由』を決めてから行動しているわけではないからです」(同書より)
今回ご紹介するのは『なぜ「つい買ってしまう」のか? 「人を動かす隠れた心理」の見つけ方』(光文社新書)。著者の松本健太郎氏は株式会社デコムでR&D部門のマネージャーを務めている人物だ。データサイエンスの研究や、人工知能を活用したインサイトの自動生成に重きを置いた開発もしている。
同書は、ヒット商品を開発するためには「インサイト」が大切であるということを前提に話が進んでいく。同書において「インサイト」とは「人を動かす隠れた心理」と定義。たとえば松本氏は身体のエネルギーが枯渇してくると「いきなり!ステーキ」の「ワイルドステーキ450g」が食べたくなるという。ここで大切なのは「ステーキが食べたいから食べる」のではなく「エネルギーを注入したいから」という動機だ。商品ももちろんおいしいのだが、「おいしいだけで食べているわけではない」ことに企業側は気付かなくてはならない。「エネルギー注入」という価値が「ワイルドステーキ」にはあるのだ。これこそが「インサイト」、隠れた心理となる。
同書は「なんとなく」購入してしまう消費者の、「なんとなく」の部分を言語化する術を、デコムで実際に使用している手法やテンプレを用いて説いていく。基本的には企業側・経営者側に役立つビジネス書であるといえるが、消費者目線でも「なるほど」と目からうろこの記述が多々ある。まさにタイトルの「なぜつい買ってしまうのか」に答えてくれる内容となっているのだ。
第1章「充たされた時代を打破する」では、現代を「ニーズが満たされ、何を作れば良いのかがわからない時代」と説明。そんな時代の中、ヒット商品を生み出すためのアイデアはどうやって出てくるのか?
アイデアを生み出すための大前提として、まずは「良い新奇事象」が必要となる。新奇事象とは、消費者を観察して「こんなことをやっているのか」という珍しい点を発見すること。松本氏はホンダの創業者である本田宗一郎氏の著書から以下の文を抜粋している。
「研究所は、人間の気持ちを研究するところであって、技術を研究するところではない」
「お客様の心を研究し、求められる将来価値を見つけるのが最重要の仕事だ」
アイデアは突拍子のないところから生まれるのではない。根本は消費者目線であること。さらに新奇事象から「良いオポチュニティ(消費者が潜在的に感じている価値)」を導き出し、「良い価値事象」(消費者の少し変わった生活行動や消費行動)を調査する。これらの段階を経て初めて「アイデア」が導き出せるという。
ここまできて「要は消費者アンケートで商品(サービス)に足りないことを聞けばいいんだろう」と思うのは早合点だ。松本氏は第3章「インサイトを探しあてる」の中で、「買わない理由を直接聞くアンケートはほぼ無意味」と断言している。
「言語化するというのは、自分で表現できる言葉に置き換わっている反面、買わなかった瞬間の気持ちが欠落していることが非常に多い。
真に深掘りすべきは『なんとなく』」(同書より)
「商品の価値」をあらゆる角度から検証し、「なんとなく」を掘り下げることがヒット商品を生みだす第一歩なのだということがよくわかる。「商品の既存価値」から抜け出すためのバイアス(思い込み)を捨てるところから始めなくてはならない。
「なんとなく」の中には自身の潜在意識が詰め込まれている。「なぜこの商品を選んだのか?」―― 隠れたインサイトに思いを馳せ、考えることで自身の現状を見つめなおす良い機会になるかもしれない。