野田政権にとって、2012年は「除染元年」だそうである。
細野豪志・環境相は、「除染なくして福島の復興なし」と繰り返している。1月1日付で、環境省は除染を本格化させるための「福島環境再生事務所」を福島市に置いた。
むろん、除染への期待は大きい。一方で、原発周辺から避難を余儀なくされている地元住民から、政府の「除染ありき」の姿勢に対して、疑問や不信の声も高まっている。
「やるなとは言わないが、捨て場所も決まってないのに除染、除染って、言葉が悪いが便所もないのに糞(くそ)をたれ流すのとおんなじ。順序が違うんじゃないか」
そう厳しい調子で語るのは、福島第一原発(フクイチ)がある大熊町から妻と郡山市へ避難している鈴木二郎さん(78)だ。
鈴木さんは元東電マン。42年間、東電一筋で勤め上げた鈴木さんから見て、フクイチは今もまったく予断を許さない。
「収束なんてとんでもない。再爆発の可能性だって五分五分でしょうよ。そうやってまだ雨漏りしてんだから、除染よりもまず雨漏りを止める。そして廃棄物の捨て場所を確保することが先決ですよ」
鈴木さんが言う「捨て場所」とは、除染で大量に発生する汚染土などを保管する中間貯蔵施設のことだ。これまで「福島県内に置く」とあいまいな方針しか示してこなかった国は、昨年12月末、ようやくこの施設をフクイチがある双葉郡内に置きたいと、佐藤雄平・福島県知事らに伝えた。
線量を下げることが難しい、年間の放射線量が100ミリシーベルトを超す地域がまとまって存在していることなどが双葉郡内に置く決め手という。現時点で100ミリシーベルトを超えている地域は、大熊町、双葉町、浪江町などにある。このうち井戸川克隆・双葉町長は4日、町への中間貯蔵施設の受け入れを認めない方針を明らかにした。
だがそもそも、政府主導の一連の動きに対して、地元住民たちの間では「何を今さら」の感が強い。
というのも、フクイチを抱え、100ミリ超の地域が広範囲にある大熊、双葉両町民の間では、本誌既報どおり、十分な補償と引き換えなら中間貯蔵施設の受け入れもやむなし、といった意見がすでに多いからだ。
家を追われ、長期の避難生活を強いられながら覚悟を決めた町民からすれば、政府や自治体の対応は生ぬるく、現実離れしていると映る。
「いまだに国は最終処分場は県外でなんて言っているが、そんなもの、どこが引き受けますか。てめえのところで出た汚物は、てめえのところで責任持って引き受ける。それが双葉魂ってもんです」(先の鈴木さん)
双葉町から県内の仮設住宅へ避難している、ある男性もこう話す。
「我々が日ごろ世話になっている福島市や郡山市、二本松市、こうした地域で除染を進めるためにも、わが町への中間貯蔵施設の受け入れを早く決めてほしい」
仮設暮らしが長引くに連れ、近隣住民との交流は深まっている。あれこれ気遣いしてくれる優しさがうれしい。だがこの男性らは近所の農家が時折、差し入れてくれる大根や白菜を気づかれぬように捨てている。
「善意は本当にありがたい。でも放射能が気になって食べられない。こんなことしていいんだろうか、いや、神様も許してくれるだろう。そう思いながら、目立たないように新聞紙に野菜をくるんで捨てています」
◆除染しない方針、敷かれた箝口令◆
放射能を気にしながらも、再出発したい。それには、政府の決断が求められる。だが、肝心の野田政権では「二枚舌」と受け取られかねない言動が横行している。
官邸周辺によると、中間貯蔵施設をめぐっては「公式発表」とは別のプランが浮上している。
「細野大臣は中間貯蔵施設の候補地として100ミリシーベルト超の場所を挙げましたが、それだけ高線量だと人が作業する時間も限られ、計画が遅くなる。速やかに計画を実現させるために、実際には100ミリ超の"周辺地区"も候補地として検討されています」
また細野氏は、「中間貯蔵施設は1カ所が望ましい」と述べているが、現実には、県内の他地域から廃棄物を運ぶ際のアクセスを重視し、複数置くプランも検討されているという。
公式発表とは異なる「二枚舌」は、除染現場でも行われている。
「毎時7マイクロシーベルト以上の地域は除染しない」
昨年12月、警戒区域内の富岡町で除染作業にかかわる地元業者らに、そんな通告があった。除染作業は年末から1月にかけ、本格作業に先立つ国のモデル事業として、町内2カ所で始まっている。このとき示された「除染基準」は、避難している町民たちには伏せられた。地元の除染関係者はこう説明する。
「町民の間に動揺が走るからか、この線引きの話は口外しないようにって箝口令(かんこうれい)が敷かれました。富岡町を南北に国道6号が走ってますが、7マイクロシーベルトの境というと、ちょうど広域消防の建物があるあたり。あのへんから北は徐々に高台になるので、線量も高くなっていくんです。逆に、それより少し南に大型スーパーがあるんですが、国は今後、そこを第二のJヴィレッジとして、除染作業の前線基地にするようです」
これより少し後、政府は現在の「警戒区域」と「計画的避難区域」の線引きを見直し、新たに放射線量に応じて三つの区域に再編すると決めた(上図)。比較的、線量が低い年間20ミリシーベルト未満の区域から優先的に除染を進め、順次、住民を帰宅させていくという。
もっとも線量が高い、年間50ミリシーベルト以上の「帰還困難区域」では、不動産の買い上げなどが検討される。実際の線引きは3月末をめどに示される見通しだ。一方、除染業者に言い渡された「1時間あたり7マイクロシーベルト」という値は、年間では61ミリシーベルトに相当する。
「どこから手をつけるかを含め、今回の除染方針は、地元自治体の要望も踏まえて決めました。これから本格的に除染を進めるうえでの効果を探る目的で定めたもので、将来、住民が家に帰れる、帰れないの線引きとは関係ありません」
内閣府の除染担当者はそう説明するものの、7マイクロシーベルトを境に除染するか、しないか判断する。これはつまり、政府が表向き住民に示した線引きの基準と異なる「除染地図」が存在することを意味しないか。
それでなくとも避難区域の見直しなどは、「避難範囲を狭めて補償額を抑えようとする意図がミエミエ」(浪江町の自営業者)といった不満が多く聞かれる。
政権の本気度が問われている。