オリンパスの「損失隠し」疑惑を報じた本誌先週号(11月18日号)が都内に出回った7日、証券業界は朝から大騒ぎとなった。顧客の海外ファンドからの国際電話が殺到したのだ。

「すぐに週刊朝日の記事を英訳してメールで送れ。何が書いてあるんだ!」

 大手外資系証券会社の幹部が言う。

「もう朝からテンヤワンヤでした。オリンパス担当だけでなく、全員で電話対応しました。私もファンドに言われて、すぐに週刊朝日を買いに行きましたよ」

 東京証券取引所でも電話が鳴りっぱなし。証券マンたちが情報交換をするメーリングリストでは、本誌記事が添付されたメールが飛び交っていた。

 そして、その日の夕方、それまで第三者委員会に対し、損失隠しを認めていなかった森久志副社長(8日付で解任)は、「実は......たいへん申し訳ない」と高山修一社長に打ち明けた--。

 オリンパスが突然、社長が謝罪する"降伏会見"を開いたのは、その翌8日のことである。

 本誌が4日、同社に損失隠しに関する詳細な質問状を出した時点では、
「事実関係が確認できないので、回答のしようがありません」(広報・IR室)
 と答えたにもかかわらず、だ。本誌記事がなければ、いまも損失隠しを認めることはなかっただろう。

 本誌が先週号で明らかにしたのは、一連の子会社買収を巡って支出された巨額資金が、実は、同社が20年にわたって"飛ばし"で隠し続けてきたバブル期の財テクによる巨額損失の「穴埋め」に使われていた--という事実である。つまり、長年にわたって「粉飾決算」がまかり通っていたのだ。

 同社が認めた問題の子会社買収案件は、
(1)2008年に英医療機器メーカー「ジャイラス」を約2100億円で買収した際、投資助言会社に約666億円の報酬を支払った
(2)06~08年にかけて資源リサイクル会社「アルティス」、調理容器製造会社「NEWS CHEF」、健康食品販売会社「ヒューマラボ」の3社を約730億円で買収した直後に、約560億円の減損処理をした
--の二つ。実に1千数百億円が損失穴埋めに使われていたとみられる。

 そして、一連の損失隠しの責任者として同社が名指ししたのが、先の森前副社長、山田秀雄常勤監査役、菊川剛前会長の3人であり、その"指南役"として新聞各紙で取りざたされているのが、(1)にかかわったN氏とS氏、(2)にかかわったY氏、そして社外取締役のH氏ら、いずれも元野村証券の証券マンたちだ。

 確かに本誌も、彼らが主導して「損失隠し」のスキームを作ったと指摘した。だが、本当に甘い汁を吸ったのは彼らだけではない。それは、「なぜ損失額が1千億円を超える巨額になったのか」という疑問をたどればわかる。

「バブル崩壊で、多くの企業が財テクで損失を出しましたが、それは100億円レベル。財テクの運用損だけで1千億円以上は、あり得ない」(証券関係者)
 というように、オリンパスで最初の損失隠しが始まった90年代初頭、その額は多くて数百億円だったと見るのが妥当だろう。この時点で1千億円を超えていたかのように報じる新聞もあるが、それは間違いだ。

 本誌は今回、同時期にオリンパスの損失隠し取引に関係したA氏から話を聞いた。A氏の証言は、こうだ。

「93~94年ごろ、ゼロクーポン債(割引債)を使った損失先送りスキームを作った際は、山一証券と日興証券(現・SMBC日興証券)の財テク運用損の額は100億円くらいだった。"飛ばし"スキームは証券会社にとって、うまみが大きい。カネを動かすだけで5%ぐらいの手数料がチャリンと入るんですから。業界内では当時、オリンパスは『期末になると財テクで帳尻を合わせる会社』として有名でした。だから、いわゆる外資系ハゲタカ証券会社も軒並みオリンパスに群がった。しかし、それも日本で金融不祥事が表面化する90年代後半まででした」

 オリンパスが積極的にM&A(企業合併・買収)案件に手を出し始めたのは、00年前後から。関係者の話を総合すると、同社の損失総額は増減を繰り返しながら、00年時点で500億円程度になっていたとみられる。この時点で、オリンパスは単純な「損失先送り」ではなく、巨額となった損失を取り返すために、大きなリスクを取る"危険な賭け"に打って出始めたというわけだ。

 M&Aに踏み出した後、明らかなのは、複数のケイマン諸島のペーパーカンパニーを使うなど、資金の流れがより複雑になっていったことだ。そして、最終的に、前述の子会社買収で作った「1千数百億円」で損失の穴埋めをしたのである。

「ここで指摘しておきたいのは、N氏やY氏は単に、カネの流れの枠組みを作る"スキーム屋"だということです。実際にカネを動かすには、独特なノウハウがいる。ケイマン諸島に会社を作ること自体が大変なことだし、いくつもペーパーカンパニーを使って複雑な経路でカネを出し入れするのは、危ない手続きも含まれているので、特殊な人脈や手法が必要です。そのノウハウを持つ人間に頼むと、相場で2割、少なくとも1割という法外な手数料が吸い取られます」(A氏)

 ケイマン諸島は「租税回避地」として知られる。ここに作ったペーパーカンパニーを通すことで資金の流れを複雑にし、マネーロンダリング(資金洗浄)など、日本のみならず、海外を巻き込んだ経済事件の舞台となっている。そして、そこにはこうしたノウハウを駆使して甘い汁を吸う「金融マフィア」が暗躍しているのだ。A氏が続ける。

「業界では、彼らを『運び屋』と呼びます。カネを"運んでいく"からです。実際、今回のオリンパス案件でも、何人か日本人の『運び屋』の名前が出ていて、同社の資金を吸い取ったと聞いている。そのカネが、損失を膨れ上がらせたのは間違いない」

 00年ごろ500億円程度だった損失額が、06~08年ごろまでに1千億円を超えていた--"危険な賭け"の代償は大きかった。

 実際、オリンパスが損失穴埋めに使った問題の子会社買収には、実態のわからない投資ファンドがいくつもかかわっている。だとすれば、本当に追及すべきなのは、弱みにつけ込んで甘い汁を吸っておきながら、安全な場所で悠々自適に暮らしている「金融マフィア」たちではないのか。

 本誌が一連の事実関係について、オリンパスに質問したところ、こう答えた。

「一連の案件については、現在、第三者委員会で徹底した調査をしていただいております。弊社としては、調査に対する徹底した情報の提供などを通じて真相解明すべく、最善を尽くしてまいります」(広報・IR室)

 しかし、そもそも一連の子会社買収を巡る不透明な取引が表面化したのは、月刊誌「FACTA」の記事が発端。そして、その巨額資金が「損失穴埋め」に使われていたという事実は、本誌が報じたものだ。同社が設置した第三者委員会に、果たしてどれだけ解明できるのか、疑問だ。
 
◆市場で早くも名前が駆け巡るGE、富士フイルム、HOYA...◆

 オリンパス株は「監理銘柄」となり、来月14日までに決算発表をしなければ、上場廃止に追い込まれる。

 オリンパスが「監理銘柄」に指定された10日午後7時過ぎ。都内の米系運用会社のオフィスで、本社幹部との電話会議が始まった。

「米ゼネラル・エレクトリック(GE)が資産査定をM&A会社に頼んだと聞いたが......」

 東京支店の幹部が返す。

「私も聞きました。GEだけでなく、日本や海外の医療機器メーカーは、オリンパスを買いたいと思っているはず。買い手はいます。われわれが先に買って売り付ける手もあるかと」

 米国幹部は即座に言った。

「ナイス、グッドアイデア。買いに向かうぞ。いつスタートするか練っておけ」

 買収候補としては、GEだけでなく、内視鏡を手掛ける富士フイルムやHOYA、資本提携しているテルモ、さらにはキヤノン、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどの名前が駆け巡っている。市場の関心は、オリンパスを巻き込んだ業界再編に移りつつあるのだ。

 一方、オリンパスの株価が10月上旬の5分の1に下落したことで、別の"銭勘定"を始めた輩がいる。

「オリンパス株はストップ安と報じられていますが、実は株価が下がると、大口の買いが断続的に入る状況です。内視鏡は世界シェア約7割を占める優良事業だから、いずれどこかが買収を仕掛けることを見越して、すでに売り抜けを狙った投機的な買いが入ってます」(外資系証券トレーダー)

 ある国内大手証券には、中国の政府系ファンドからこんな電話が入ったという。

「上場廃止になったとき、理論上の株価はいくらだ?底値で買えばいい儲けになるな」

 オリンパス株はすでにマネーゲームの舞台となり、世界に誇る技術が海外流出する恐れも出てきた。
「政府はさっそく、民主党の仙谷由人・政調会長代行を中心に特別チームを作り、同社の防衛策を練り始めています」(民主党関係者)

 暗躍する「金融マフィア」たちに巨額資金を吸われ、そして今度は海外マネーに狙われる。もちろん、すべては自己保身に走り続けたオリンパス経営陣の自業自得である。しかし、その高度な技術を支える従業員たちの日々の汗が、マネーゲームの餌食として消えていくこの状況は、決して許されるものではない。(加藤真、本誌・常冨浩太郎、鈴木毅)


週刊朝日

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