林野庁がセシウム花粉の実態を調べると発表したのは、10月21日のことだ。
11月から来年1月末にかけて、福島県内100カ所以上のポイントでスギの雄花を採取し、花粉に放射性物質がどれだけ含まれているかを調べる。結果は食品などの暫定基準値と同じ1キロ当たりのベクレル値で示すことにしており、花粉の飛散予想が発表される12月をメドに、中間報告を出す予定だという。
林野庁森林環境保全室の担当者が語る。
「文部科学省などの調査で、スギの葉に放射性セシウムが含まれていることが分かったんです。葉に含まれているセシウムは、何らかの形で雄花や花粉に付着する可能性が指摘されているので、実態を調べることにしました」
これまでは、放射性物質の付いた葉が落ち葉となって地面に落ち、腐って根から吸収された結果、新たな葉や花が汚染されると考えられていた。だが同庁では、スギ花粉が汚染されるメカニズムは、こうした流れとは異なるとみている。
「茶葉では、古い葉に付いた放射性セシウムが葉の表面から吸収されて新芽に移行しました。同じように、花粉の汚染も土を介するのではなく、福島第一原発の事故があった3月に生えていた古い葉から、事故後に生えてきた新芽や新しい葉に直接、移行して花粉にも蓄積した可能性があります」(前出の担当者)
茶葉では5月に、静岡県内で過去10年間の最高値を大幅に上回る放射性セシウムが検出された。
◆花粉「貯蔵地」も高い放射線量に◆
同じように、スギ花粉も福島県内だけでなく、より広範囲で汚染されている可能性は強い。このため、林野庁は自治体の要望があれば、調査の対象地域を福島県以外にも広げる方針だ。
ここでひとつ、気になるデータがある。
10月6日に文科省が公表した「東京都及び神奈川県の航空機モニタリングの測定結果」だ。東京都は東部の葛飾区と、西部に位置する奥多摩町の放射線量が高く、奥多摩町の一部では、セシウム134と137の積算量が、1平方メートルあたり10万から30万ベクレルと都心の数十倍になっていた。
この調査を受け、共産党都議団が10月14日に奥多摩町で空間放射線量を測ったところ、やはり一部で比較的高い値が出たという。
同党の清水ひで子都議が語る。
「奥多摩町では林道や観光地、民家など16地点、33カ所で測定しました。標高が高い地点の値が比較的高く、スギやヒノキが密集する川乗林道の1150メートル地点では、地表5センチで毎時0・196マイクロシーベルトでした。同じくスギが多い峰という地域の標高960メートル地点でも、若干高めの数値が出ています」
スギ花粉は偏西風で運ばれるため、都心に舞うスギ花粉の多くは西からやってくる。来春は、「貯蔵地」である奥多摩方面から大量の「セシウム花粉」がやってくる恐れがあるのだ。
東邦大学理学部訪問教授の佐橋紀男氏(植物分類学)もこう話す。
「都からの依頼で毎年、花粉の調査をしていますが、西部の多摩地区で採取される花粉の量は、都心の2倍あります。このため、多摩地区に放射性セシウムが付着する花粉が舞えば、それが都心まで運ばれる可能性はあります」
そうなると心配なのは、「セシウム花粉」を吸い込んだ場合の健康への影響だ。林野庁の担当者は、
「花粉1個の重さは1億分の1グラム程度です。この数字に今回の調査で出る汚染度や、予想される飛散量を当てはめていけば、内部被曝(ひばく)の程度は計算できます」
と話す。
過去8年間で花粉がもっとも飛んだのは、2008年3月に群馬県内で測定された、1時間で1立方メートルあたり2200個という値だ。
「吸引するのは、そのうちのごく一部です。不安であればマスクの着用をお勧めしますが、たとえ花粉から放射性セシウムが検出されても、健康を害することはないと考えています」(前出の担当者)
たしかに、食べ物と違って花粉を何百グラムも摂取する状況は考えにくい。民間気象情報会社ウェザーニューズは、来春の花粉の飛散量を「今年の3割程度」と予測しており、スギ花粉の飛散量もそれほど大したことはなさそうだ。
しかし、内部被曝に詳しい琉球大学名誉教授の矢ケ崎克馬氏は、こうした"楽観論"に警鐘を鳴らす。
「花粉による症状に放射線の影響が掛け合わされると、私たちが知らないアレルギー症状が出るかもしれない。それだけではなく、放射線は免疫力を低下させるので、感染症を患う人に悪影響を及ぼす恐れがあります」
実際、1986年4月のチェルノブイリ原発事故では、感染症を患っていた人たちの死亡率が上昇したという調査結果が出ているという。
「汚染されたホコリが降り注いだことの影響を調べようと、米国の市民団体が実施した調査で、エイズや肺炎患者の死亡率が高まっていることが分かったのです。日本でも、同じような事態が起きないとは限りません」(矢ケ崎氏)
たとえわずかでも、放射性物質を体内に入れるとリスクは高まる。花粉が汚染されている以上、マスクを着けるなどして、吸い込む量をできるだけ減らしたほうがいいのは間違いない。
だが、共立耳鼻咽喉科院長の山野辺滋晴氏は、マスクの着け方にも「注意が必要だ」と言う。
「放射能を除染する作業をする際に、風邪や花粉症用のマスクをしている人がいますが、あれは非常に危険です。普通の花粉用マスクは密閉度が低く、数十%程度しか濾過(ろか)できない。可能性は低いと思いますが、万が一にも花粉に放射性セシウムが大量に取りこまれてしまったら防げない。放射性物質を吸入しないためには、顔を覆うように防じん用のマスクをしっかり着けるしかありません」
花粉症の方もそうでない方も、来春は、「セシウム花粉」への対策をゆめゆめ怠りませんように。 (本誌・作田裕史)
古賀茂明
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