文芸評論家の斎藤美奈子氏が数多の本から「名言」、時には「奇言」を紹介する。今回は、『死という最後の未来』(石原慎太郎+曽野綾子、幻冬舎、1500円)を取り上げる。
「死は人生との決定的な別れですからね。去りがたいですよ」
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怖いもの見たさで読んでみた。『死という最後の未来』。87歳の石原慎太郎と88歳の曽野綾子の対談でいつもの説教は封印気味。戦争体験のほか石原は弟の裕次郎を、曽野は夫の三浦朱門を送った体験も語っている。
二人の死生観は対照的だ。<私は書かなくても、最低限、食べられるものが多少でもあって、好きなことができればいいです>という曽野と<僕は生涯、書き続けたいな>という石原。<8割ぐらいは運命に流されて、2割ぐらいを自分で舵をとって、というのがいいんじゃないか>という曽野と<いやあ、僕は、思し召しがあるとしても、10割、自分で舵をとりたいですね。全部、自分でやらないと気が済まない>という石原。
7年前に脳梗塞を発症したという石原の生への執念はすさまじく、<僕はやるべきことを、まだまだやっていきたい><僕はぼろぼろにはなりたくないんだ>と、どこまでも意気軒昂。半面、10割自分で舵をとりたい彼は葬儀の段取りも伝えてあるという。
<別に葬儀場ではなくて、ホテルでやってもいいんですけどね。ああしろこうしろと伝えてあって、ヨットレースの優勝カップは必ず並べるように言ってある。(略)それから音楽。流す曲も決めてあります。「海よさらば」>
自分は原稿を何百枚も何千枚も何万枚も書いたからその全部がエピタフ(墓碑銘)だという曽野に対して石原は死後の計画までもっているのだ。<僕は残したいですね。葉山の森戸海岸の沖合、岩礁に、裕次郎の灯台を作ったんです。その手前に記念碑も作った。僕はその横に自分の灯台を建てて、やはり石碑を作って、句を刻むようにと子供たちに命じてありますから>
石原慎太郎はどこまでも石原慎太郎であった、というオチ。
<石原さんはもう、とにかく死ぬのは避けたい。生きて生きて、生き抜いていくわけですね>とからかう曽野に対しては<だって、死は人生との決定的な別れですからね。去りがたいですよ、この世を>。そうでしょうね、あなたはね。
※週刊朝日 2020年8月14日‐21日合併号