経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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8月9日、ベラルーシで大統領選が行われた。勝利者は現職のアレクサンドル・ルカシェンコ氏。得票率80%を獲得した。26年間にわたり大統領職についてきた人が、さらに在任期間を延ばす。だが、ベラルーシ人の大半がこの選挙結果を真に受けていない。再選挙を求めている。
「欧州最後の独裁者」の異名を取るルカシェンコ氏が、今回ほど激烈な国民の逆襲に遭ったことはない。首都ミンスクでは、大規模な「打倒ルカシェンコ」デモが展開されている。実に暴力的な鎮圧行動に直面しているが、人々はひるまない。従来は親ルカシェンコ派だった国営企業の従業員たちも、今回は反ルカシェンコ運動に参加している。
問題はこれからの展開だ。ルカシェンコ氏への最有力対抗馬だったのがスベトラーナ・チハノフスカヤ氏だ。彼女はEUに対して、デモ参加者たちへの連帯を示してくれるようアピールした。だが、EUは不用意には動けない。下手にロシアを刺激するとまずいからだ。
ベラルーシはロシアにとって事実上の属国に近い存在だ。それにもかかわらず、今のところ、プーチン大統領が積極介入に乗り出す気配はない。いざとなれば、軍事的支援も辞さないと、リップサービスはしている。だが、動かない。それは、ベラルーシ人たちの怒りの矛先が、ひとまずロシアには向いていないからだ。ここで、プーチン大統領がルカシェンコ氏に肩入れすれば、それが反露感情に火をつける。だから、動かない。
だが、ここでEUが内政干渉まがいの挙に出たとなれば、不動の構えのままではいかなくなる。そこでプーチン氏は、電話会談で、メルケル独首相とマクロン仏大統領にベラルーシ情勢に口や指を突っ込むなと言った。
ベラルーシは、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ウクライナ、そして、もちろん、ロシアと国境を接している。ラトビア・リトアニア・ポーランドの3国はNATO加盟国だ。ウクライナは、ロシアとの間で強い緊張関係が続いている。
こうして書くだけでも、息苦しくなってくる。ベラルーシは「白いロシア」の意だ。この国名の「ロシア」の部分が変わる日が来るのだろうか。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2020年8月31日号