出荷停止でなぜ「健康に影響なし」?

福島第一原子力発電所で作業員の被曝事故が起きて、ようやく、東京電力は燃料棒が入った圧力容器が壊れている可能性を認めた。深刻な放射能汚染は今後も広がるだろう。「ただちに健康に被害がない」と繰り返す枝野官房長官だが、本当はどうなの?

 被曝事故が起きたのは3月24日。3号機のタービン建屋の地下1階で工事をしていた作業員3人が、身につけていた測定器のアラームが鳴っているのに作業を続け、2人はベータ線熱傷が起きる可能性があるとして病院に搬送された。被曝を受けた水たまりの放射線量は、燃料棒を冷やす冷却水の約1万倍もあったという。
 3号機で復旧作業にあたる東京電力の下請け会社の作業員は、こう話す。
「事故の話を聞いてゾッとしました。契約の仕事量が達成できないとカネを払ってもらえないことがあって、つい無理をする。測定器はよく故障するし、警報が鳴ってもベテランになればたいていは無視。もう勘ですね。もともと東電は作業員の安全なんて眼中にない。『作業員の代わりはカネを出せばいくらでもいる』と昔から言っていました」
 本誌は先週号で、福島第一原発で使われているマークⅠ型原子炉の「格納容器が小さすぎる欠陥」を指摘して、高濃度の放射能を帯びた冷却材が漏れ出している可能性を指摘した。
 果たして東電は28日、圧力容器が損傷して外と通じている可能性を認めた。
 であれば、冷却材が漏れたのは間違いなかろう。
 それにしても、圧力容器損傷という重大事は、事故から2週間以上たたないとわからなかったのか。
 専門家は、少なくとも1号機に関しては地震発生直後から、圧力容器から放射性物質が直接、漏れ出していた可能性を指摘する。
 政府が公表している「福島第一・第二原子力発電所事故について」の別添資料によると、被災2日目の12日午前2時45分の段階で、燃料棒が入っている1号機の圧力容器の圧力は通常の約70気圧から9気圧にまで急減している。同じころ、2号機が約57気圧、3号機が約76気圧と通常値に近かったことと比べて大幅に低い。
「1号機は圧力容器の密閉性が失われて、冷却水が高圧水蒸気となって格納容器に噴き出す『冷却材喪失事故』がいきなり起きていた可能性があります」
 福島第一原発4号機の圧力容器などの設計に関わった田中三彦さんが指摘する。 問題はこの冷却水漏れがなぜ起きたかだ。
 田中さんは、圧力容器に無数に設置されている配管のどこかが地震で破れて、そこから漏れたのではないかと推定する。
 冷却水が漏れるなどして燃料棒を十分に冷却できないと、「空だき」状態になる。高熱の燃料棒が崩れ落ち、圧力容器の下のほうにたまっている可能性もある。
 圧力容器の気密性が崩れたので、最後の砦は格納容器になる。しかも、この格納容器の密閉性も失われている可能性が高いのだ。
「1号機と3号機が水素爆発したことがそれを証明しています。水素は過熱した燃料棒の被覆管からしか出てきません。それが圧力容器から格納容器に漏れ、さらに格納容器上部のふたから外へ漏れ出したとしか考えられない」(田中さん)
 前出の資料によると、1号機の圧力容器を囲む格納容器の圧力は、地震翌日の午前2時45分に約9・5気圧まで上昇した。通常、1気圧弱に保たれ、設計上は4気圧までしか耐えられない。爆発しなかったほうが不思議なくらいで、密閉性が保たれている可能性はかなり低い。
 同様に、2号機では14日午後7時3分に、圧力容器の圧力がそれまでの約75気圧から約7気圧に、3号機でも12日午後7時に約70気圧から約10気圧にストンと落ちた。
 田中さんは「各号機もここで配管が壊れた可能性がある」としている。
「何より困るのは、ようやく原発に電源が戻り、装置類が動くようになっても、配管から水漏れしてうまく冷却できないことです」
と、田中さんは危惧する。特に格納容器内の配管が壊れていた場合、高濃度の放射能のため直しに行くこともできない。
 この悪夢の連鎖を断ち切る方法はないものだろうか。

【基礎編】
◆Q1 そもそも「放射能」って何なの?◆
 放射能、放射線、放射性物質。放射能をめぐる用語はややこしい。簡単に説明するとこうなる。
●放射線→高いエネルギーを持った電磁波や粒子。物質を透過する性質がある
●放射能→放射線を出す能力
●放射性物質→放射線を出す物質。ニュースでよく聞くヨウ素やセシウムなど(ヨウ素にはヨウ素131、132、134。セシウムも134、136、137と種類がある)
 被ばく医療が専門の山下俊一・長崎大学大学院教授は原発を「火山」に例える。
「マグマが放射能、マグマから放たれる熱線が放射線と考えてください。火山から近い場所では熱線で被害を受けることもありますが、ある程度の距離をおけば、火の粉が降ってきても建物で防護できる。さらに離れれば、火山灰が降るだけです。問題になっている放射性降下物は火山灰のようなもの。風向きや地形などによってどこまでも飛ぶが、放射線を出すエネルギーは弱まる。野菜に降っても、火山灰と同じで水で洗い流せば問題ありません」
 放射性物質は目に見えないために恐ろしいと感じる。しかし、飛ぶといつまでも痕跡を残すため計測できる。だから、水や土壌の汚染数値がわかる。
「現在、避難指示地域外での数値はまったく安全圏内。知識を持って"正しく怖がること"が大切です。今は火元の原発事故を収束させることが最重要です」
 もうひとつわかりにくいのが、単位だ。
●ベクレル→放射能の強さを測る単位。フランスの物理学者の名前から取った
●シーベルト→放射線の人体への影響を表す単位。スウェーデンの物理学者の名前から取った(マイクロシーベルトの1千倍がミリシーベルト。その1千倍がシーベルト)
 食品などへの汚染度を見るのはベクレルだ。人体への影響を見るには、その数値をある計算式に基づいてシーベルトに換算する。
 ヨウ素131なら、
 ベクレル×2・2÷10万=ミリシーベルト
 セシウム137なら、
 ベクレル×1・3÷10万=ミリシーベルト
 となる。
 ちなみによく出る「半減期」という言葉は、「放射能が元の半分になるまでの期間」を指す。放射能は半減期を繰り返しながら弱まる。ヨウ素は8日、セシウムは30年と長い。プルトニウムは2万4千年、ウランは45億年と天文学的だ。
 核分裂で生じた放射性物質は「死の灰」とも言われる。くみしやすい相手ではない。

◆Q2 被ばくするとどうなるの?◆
 放射線が人体に与える影響は大きく二つある。ひとつは放射線を受けた人の体に出る「身体的影響」。もうひとつはその人の子孫に現れるかもしれない「遺伝的影響」だ。
 さらに「身体的影響」にも、放射線を受けて数週間以内に症状が出る「急性障害」と、数カ月から数年たってから症状が出る「晩発性障害」がある。
 長崎大大学院の山下俊一教授はこう説明する。
「1回に1千ミリシーベルト以上の放射線を浴びると、急性障害で、吐き気や頭痛、白血球の減少などの症状が出ます。100ミリシーベルトでは、そういった症状は出ませんが、放射線のエネルギーで細胞に傷が付いて、将来、がんになる可能性が確率論的に出てきます」
 とはいえ、100ミリシーベルト以上を浴びても、すべての人に将来、がんが発生するわけではない。
「人間の細胞には、傷を治す力があり、治るからです。たまたま傷が治せないまま何十年も時間がたつと、最終的に遺伝子の不安定さを引き起こして発がんの芽になるのです」
 放射線を一度に浴びるのではなく、被ばく量が蓄積して100ミリシーベルトを超えた場合はどうか。
「時間をかけて少しずつ被ばくしたのなら、細胞の少々の傷もすぐに治るので、一度に被ばくしたときよりは影響は少ないでしょう」
 一方で、30歳で100ミリシーベルトを浴びるとその後の40年間でがんのリスクが約5%増えるというモデル計算もある。浴びていないときのリスクが30%なら、30%に対する5%アップの31・5%になる(3月26日付の朝日新聞社「WEBRONZA」)。
 放射線の内部被曝に詳しい岡山大学大学院環境学研究科の津田敏秀教授は言う。
「放射線を浴びて発がんする人は、そのうちわずかかもしれません。しかし、当事者となってしまった人にとっては『がんになるかならないか』の、どちらかでしかない。被曝は一般人と放射線作業に従事する人、さらに当事者が納得して受ける医療被曝の三つを分けて考えるべきです。だから、医療用X線の何分の1だから大した量ではない、なんてロジックは政府もメディアも唱えるべきではありません」

◆Q3 外部被曝と内部被曝は何が違うのか?◆
 被曝には、外部被曝と内部被曝の2種類がある。
 体の外から放射線を浴びるのが「外部被曝」で、医療用のレントゲンもそうだ。
 放射線には、α線、β線、γ線、X線などがあり、それぞれ物質を通り抜ける力が違う。外部被曝の場合、体内に届くのは主にγ線だが、γ線はすぐに体から出てしまうという。
 一方の内部被曝は、放射性物質を含んだ空気を吸うことや、汚染された水や食べ物を口から摂取することなどが原因となる。
 琉球大学の矢ケ崎克馬・名誉教授はこう指摘する。
「同じ放射線でも、外から浴びる外部被曝と体内から浴びる内部被曝ではまるで違います。放射性物質が体内に入ると、24時間ずっと浴び続けることになる」
 内部被曝では、遺伝子を集中的に破壊するα線やβ線も体内に侵入してくる。矢ケ崎名誉教授は言う。
「いちばん怖いのは遺伝子が傷つけられることです。がんにつながります。水や野菜に含まれる放射線量が基準値以下であっても、軽視は禁物です。政府は体内被曝の実態を正確かつ誠実に知らせるべきです」

◆Q4 暫定規制値ってなに?◆
 放射能汚染について、「暫定規制値」という言葉をよく聞く。
 これは、放射性物質で汚染された食品の販売を規制するために、厚生労働省が3月17日、福島第一原発の事故を受けて急きょ、設定した数値だ。
 これまで国内には、食品に対する放射能汚染の規制は存在しなかった。食品衛生法で、そういう事態を想定していなかったためだ。
 唯一、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(1986年)を受けて、1キロあたりセシウム134とセシウム137の合計が370ベクレルを超えた食品の輸入を許可しないという暫定基準があっただけだ。
 今回、厚労省は、原子力安全委員会が以前から定めていた「飲食物摂取制限に関する指標」を丸ごと採用し、暫定規制値とした。
 これは、同委員会がICRP(国際放射線防護委員会)の基準を目安に策定していたもの。いずれも1キロあたりで、飲料水・牛乳はヨウ素が300ベクレル、セシウムが200ベクレル以上。野菜類はヨウ素が2千ベクレル、セシウムが500ベクレル以上、穀物・肉はセシウムが500ベクレル以上だ。
 これ以下なら、野菜や牛乳などを1年間摂取し続けても、ヨウ素の甲状腺での被曝線量が50ミリシーベルト、セシウムの全身での被曝線量が5ミリシーベルトを超えないという。明らかな健康への影響がみられるのは、約100ミリシーベルト以上とされるので、余裕を持たせた基準となっている。
 
◆Q5 「ただちに影響ない」ってどういう意味?◆
 いま消費者を不安に陥れているのは、この「ただちに」という呪文だ。
 暫定規制値の164倍、80倍など、福島県産のホウレンソウなどから高濃度の放射性物質が検出されたことを受けて、菅直人首相は住民への出荷制限を各県知事に指示した。だが、それでも枝野幸男官房長官は「ただちに健康に被害は出ない」と繰り返す。
 では、長期にわたり暫定規制値を超えた水や何種類もの食物を複合的に食べ続けたらどうなるのか?
 食品安全委員会は、
「この規制値は、汚染された食品の出荷を制限するための緊急の数値です。何年も食べ続けるという想定のもとに設置された基準ではありません」
 という。しかもいま、同委員会で規制値を緩和すべく協議中だというから、ますます混乱する。
 岡山大学大学院の津田敏秀教授は言う。
「"ただちに"というのは急性障害などの被曝リスクはない、という意味でしょう。たしかに、規制値の範囲内で生活しているぶんには、因果関係が明白な被曝リスクは表に出ません。しかし、放射線による発がんへの影響は『この被曝量より少なければゼロ』ではなく、どんなに少なくとも人体への影響があるとして考えられています」
 Q2でも触れたとおり、放射線被曝によりがんになるリスクが増えるというモデル計算もある。「急性障害」が出ないから問題なし、と言い切れるのだろうか──。

【食品・水編】
◆Q6 健康に影響がないのなら、どうして「出荷停止」にするのか?◆
 3月25日までに、福島、茨城、栃木、群馬の4県で暫定規制値を超えた放射性物質が検出された農作物や牛の原乳に対して、政府は「出荷停止」に踏み切った。それなのに、枝野官房長官は「口にしてもただちに健康に影響を与えない」と繰り返す。
 なぜ"安全"なのに「出荷停止」なのか?
「科学的な判断ではなく『国民の安心』を優先させた政治的な判断でしょう」
 こう話すのは、東京大学名誉教授で食品安全委員会専門委員も務める唐木英明氏だ。唐木氏によると、そもそも、一般的な食品への「規制値」は健康に害を及ぼし得る数値から、さらに100倍以上の安全な水準で設定されているという。
「現在の汚染数値では、どう科学的に判断しても、健康に影響が出ない。規制値を超えていても、少量食べるなら絶対に大丈夫です。特異体質の方などもいるので科学者は『絶対』と言わないが、私は『絶対に安全』と言っていいと思います。当然、市場に出回っている食品は、すべて安全だと思っていい」
 一方、美作大学大学院教授(食環境科学)の山口英昌氏は言う。
「日本ではチェルノブイリ事故以降、食品1キロあたりセシウムが370ベクレルを超えた食品は輸入を拒否してきた。実際に、事故から23年たった09年でも、スウェーデン産の乾燥キノコから777ベクレルのセシウムが検出されています。厚労省が急いで設定した暫定規制値(セシウムで500ベクレル)は、輸入食品への規制値よりも甘くなっている。新たな規制値を下回る国産品でも外国産なら輸入できないケースもある。出荷停止は当然でしょう」
 規制値が適切かどうかは、今後の議論もあるだろう。

◆Q7 野菜だけでなく、肉や魚は大丈夫なのか?◆
 3月26日、福島第一原発の付近の海水から、規制値の約1850・5倍の濃度にあたる放射性ヨウ素が検出された。当然、魚介類への影響が懸念される。
 厚労省は、これに先立つ22日に茨城県と千葉県に水産物への検査を強化するように要請していた。25日、千葉県は、マサバ、ヤリイカ、ヒラメ、カタクチイワシからは、「高濃度のセシウムは検出されなかった」と公表した。
「放射性物質は海では希釈、拡散される」(原子力安全委員会の班目春樹委員長)といった解説もあるが、今後、魚の体内に放射性物質が蓄積される恐れも指摘されている。また、放射性物質と有機水銀の違いがあるとはいえ、水俣病では、食物連鎖で有機水銀が濃縮された魚を食べた人に大きな被害が出たという指摘もある。
 山口英昌・美作大学大学院教授はこう話す。
「いたずらに不安になる必要はないが、海水中にここまで高濃度の放射性物質が検出された例はありません。シミュレーションがないだけに、今後も、太平洋沖の広範囲の漁場での調査や、水産物の検査を行うことは必要です」
 では肉類はどうか。
 茨城県が23日に公表した検査結果では、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵からは規制値以上のセシウムは検出されていない。
「まだ安心はできません。牛の原乳から高濃度のヨウ素が出たということは、飼料や水が汚染されているということ。当然、これから食肉用の牛や豚へ影響することもありうる」
 山口教授によると、チェルノブイリ原発事故の翌年(1987年)に、規制値を超えるセシウムに汚染されたトナカイの肉がスウェーデンから、ビーフエキスがアイルランドから輸出されてきた。
「これからも、食品を摂取して起こる内部被曝には、注意が必要です」
「ただちに」影響はなくても、油断はできない。

◆Q8 土壌汚染されたらこれからどうなるの?◆
 原発からの放射能漏れが続けば、汚染はどのように広がってゆくのか。
 環境放射能に詳しい北里大学獣医学部の伊藤伸彦教授によれば、大気中から降った放射性物質は、葉もの野菜の葉毛や凹凸部分に付着する。水で洗うことで大部分が落ちると言われるが、汚染は植物の内部にまで入り込むこともある。
「ヨウ素は、葉から植物の内部へ多少吸収されてゆきます。半減期に30年を要するセシウムは、数カ月は土壌の表層にとどまりますが、しだいに土壌に深く沈殿します。すると農作物や果樹の根からも吸収され、根野菜も影響を受けていきます」
 セシウムは生物に必要なカリウムと元素配列が近いため、動植物が過って積極的に吸収してしまうというのだ。特に森林は浄化に時間がかかるという。
「汚染された水分と栄養素を樹木の根が吸い上げ、放射性物質を含んだ新緑を芽吹かせ、再び枯れ葉になって土壌に落ちるというサイクルにはまってしまう」
 キノコはセシウムを吸収しやすいのと同時に、生き物の餌となる。チェルノブイリ原発事故のあと、欧州では、キノコを食べる野生の鹿肉から放射性物質が検出されている。
 今回の福島第一原発の事故でも、放牧牛の原乳のほうが牛舎内で飼育された牛の原乳より汚染濃度が高かった。放射性物質は口や鼻からも吸い込むが、放牧牛は汚染された牧草を経由して、より摂取されたとみられている。
 さらに飼育環境によっては、汚染が肉自体に及んでいる可能性もある。
「セシウムは摂取量の3、4割が脂肪や内臓など柔らかい組織に吸収されます。牛が食肉市場に出荷された段階で自治体も随時、検査を行っていくはずです」
 と伊藤教授。
 通常は舎内で飼育される鶏や豚への汚染は、今後、餌と水がどの程度、影響を受けるかによるという。

◆Q9 水道水は本当に大丈夫なの?◆
 東京都の金町浄水場で採取した水から、乳児の飲み水について国が決めた指標の2倍を超える1リットルあたり210ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。千葉、茨城などの水道水でも、同様の事態が起きた。
 厚労省の対応がわかりにくい。「粉ミルクを溶かすのに水道水は控えるべきだ」としながら、「ミネラルウオーターなど代わりがない場合は、飲んでも健康に差し支えない」と各都道府県に通達した。
 いったいどっちなのか?
「現在、原子力安全委員会で定められている放射性ヨウ素の基準値は、乳児は1リットルあたり100ベクレル、乳児以外は300ベクレルです。これは、汚染された水を1年間摂取し続けても、健康にはまったく影響がないという数値です」
と厚労省水道課。1リットルあたり300ベクレルを人体への影響を表すシーベルトに換算すると、0・0066ミリシーベルト。毎日1年間飲んでも2・4ミリシーベルトで、健康被害が出始める100ミリシーベルトよりは少ない。もっとも、ほかの食品から放射性物質が入る可能性もあるから、水が大丈夫だからといって安心できない。厚労省水道課はこうも言う。
「1カ月程度であれば基準値を超えた水道水を摂取しても、問題はないと考えています。ただ、できれば控えるのが無難です」
 乳児への影響を医師はどう見ているのだろう。
 日本産科婦人科学会は24日、金町浄水場で検出された水道水とほぼ同じ汚染度の水道水を長期にわたり飲んだ場合の健康への影響について見解を発表した。
「現時点では、連日飲んでも、母体ならびに赤ちゃん(胎児)に健康被害は起こらないと推定される」
「授乳を持続しても乳幼児に健康被害は起こらないと推定される」
「推定」となっているのは、過去の科学的データが乏しいためだ。
 北海道大学病院産科の水上尚典教授は、できれば水道水は避けることを勧める。しかし現実には、軟水のミネラルウオーターは品薄だ。
「被曝は少なければ少ないほど安心です。でも、ミネラルウオーターが買えないストレスが妊婦や授乳中の母親に悪影響を与えることも考えられる。むしろ、水を気にしすぎて妊婦さんが脱水症状になることが心配です。喉が渇いたら、ジュースやスポーツドリンクなどで水分を摂取してほしい」
 長崎大学大学院の山下俊一教授はこう言う。
「今の数値であれば、まったく心配するレベルにはない。赤ちゃんの体に少々入っても、お母さんが飲んでも、長期間飲み続けなければ大丈夫です」
 被曝を心配するあまり、水分補給が足りなくなるのは、本末転倒かもしれない。
 ところで、煮沸や浄水器で、水道水から放射性物質を取り除けるのか。
 財団法人「放射線影響協会」ではこう説明する。
「煮沸はまったく意味がありません。ただ、ヨウ素は活性炭に付着する性質を持っているため、活性炭で除去できる可能性はある」
 一方、社団法人「浄水器協会」は慎重だ。
「そもそも水道水に放射性物質が入っているという前提がなく、そのための試験やデータもない。活性炭を使用している浄水器で、ヨウ素が濾過できると断言することはできません」
 仮に活性炭でヨウ素を取り除けたとしても、同じ放射性物質のセシウムは濾過できないという。一般家庭で除去する方法は、「いまのところない」(厚労省)と考えたほうがよさそうだ。

【生活編】
◆Q10 ホウレンソウを8日間冷凍したらヨウ素はどうなるの?◆
 ホウレンソウから検出された放射性物質のヨウ素131は、半減期が8日と短い。このため放射能が弱いと思われがちだが、違うようだ。北里大学獣医学部の伊藤伸彦教授が指摘する。
「半減期が30年と長いセシウム137ばかりが注目されていますが、それは違う。ヨウ素の半減期の短さは、活性の激しさを意味しています。放射能はむしろ強く、危険は大きいのです」
 とはいえ半減期が8日なら、冷凍庫や冷蔵庫で保存すればリスクは減ると考えていいのだろうか。半減期を繰り返せばヨウ素は80日で1024分の1になる。
「冷凍庫の中であろうと、体内であろうと、ヨウ素の放射能は8日間で半分になります。また、ヨウ素は、たとえばホウレンソウを食べるときに湯がくだけでもかなり落ちると思います」(放射線影響協会)
 たしかに、葉もの野菜は丁寧に洗えば、放射性物質が10分の1になるという見方もある。
 飲料水はどうか。水道水を8日間汲み置きすればいいのか。
「水道水を汲み置きすると、本来、雑菌の繁殖を抑えるために入っている塩素も抜けてしまう。そのため、おなかを壊すといった別の健康被害の可能性が出てきます」(厚労省水道課)
 こちらは逆効果になる恐れもありそうだ。

◆Q11 米の研ぎ水、洗濯水、お風呂の水は安全なの?◆
 水道水は飲むだけではない。お風呂、料理、洗濯など、さまざまな場面で使われる。その場合の人体への影響はどうなのだろうか。
「基本的に、原子力安全委員会の指標値は、体内に摂取した場合を想定した値です。手洗いやお風呂、お米の研ぎ水などは、体内に入ってくることが非常に少なく、まったく問題ないと考えています」
 と、厚労省水道課では説明する。放射線防護学が専門の野口邦和・日本大学専任講師もこう言う。
「内部被曝には、放射性物質が食物や飲料水から入り込む被曝のほかに、傷口や皮膚から直接吸収するケースがあります。しかし、皮膚は外敵から防御する役割を持つため、今回の水道水の汚染レベルでは気にする必要はまずありません」
 今のところ水道水を日常生活で使うぶんには、心配はなさそうだ。

◆Q12 衣服についた放射性物質はどうすればいいの?◆
 放射性物質は見えない。だが、その多くはちりや埃に付着する。放射線被曝に伴うリスクを研究している大分県立看護科学大学の甲斐倫明教授が説明する。
「大気中に放出されたヨウ素はガス状のまま移動したり、同じ放射性物質のセシウムやストロンチウムのようにちりや埃にくっつき移動します。だから放射性物質を落とすのは、汚れを落とす作業と同じだと考えるとわかりやすい」
 今回の原発事故では「脱いだ服はポリ袋に入れておく」というアドバイスもされた。拡散防止のためだ。こまめな洗濯も効果的だ。
 岡山大学大学院の津田敏秀教授もこう話す。
「部屋に入る前に放射性物質を払い落とすことには、外部被曝を少なくする以外に、室内に入り込んだ放射性物質を吸い込んで内部被曝するのをできるだけ防ぐという意味もあります」
 肌や毛髪についた放射性物質も、シャワーを浴びることで一定量を洗い流せると専門家は口をそろえる。
 雨に濡れると脱毛するという噂の真偽はどうなのか。
「短期間に、数千ミリシーベルトの高いレベルの被曝をしない限り、脱毛の症状は頭部に出ません」(甲斐教授)
 では、部屋の中に入り込んだ放射性物質はどう排除するのか。空気清浄機は有効なのか。ダイキン工業は、
「空気中に放射性物質が浮遊していることを想定して製造販売をしていません。したがって効果はないと考えています」
 と否定的だ。だが、研究者はやや前向きだ。北里大学の伊藤伸彦教授はフィルターの効果について、
「私の実験では、セシウムやストロンチウムは目の細かいフィルターを通すと、かなりの割合でちりや埃と一緒にふるい落とせました。マスクにも除去効果はある。ヨウ素は活性炭に付着するので、活性炭フィルターは効果的だと言われます」
 と話す。
 日大専任講師の野口邦和さんも言う。
「放射性ヨウ素を扱う私たちの研究施設から外部へ空気を放出する際は、活性炭フィルターを通しています。これで大部分の放射性ヨウ素は、除去できています」

【赤ちゃん編】
◆Q13 乳幼児、妊婦は、放射線の影響が強いの?◆
「胎児や乳児がもっとも放射線の影響を受けやすい」
 と話すのは、長崎大学大学院の山下俊一教授だ。北海道大学病院産科の水上尚典教授も、
「もし同じ量の放射線に被ばくした場合、20歳より5歳、5歳より1歳、1歳より新生児、新生児よりも胎児というように、小さければ小さいほど放射線の影響を受けやすい」
 と言う。放射線影響協会刊の『放射線の影響がわかる本』によると、妊娠中に放射線を受けたことで胎児に現れる影響は、「どういう時期に放射線を受けたかによって大きく違ってくる」という。最も影響を受けやすいのは、受精してから着床前後。細胞分裂が最も活発な時期だ。
 とはいえ、「胎児や赤ちゃんに影響が出ると考えられるのは50ミリシーベルト以上」(山下教授)とされている。国際放射線防護委員会の勧告でも、
「100ミリシーベルト未満の胎児被曝量は妊娠継続を断念する理由にならない」
 とされている。

◆Q14 安定ヨウ素剤を飲むと効果的って本当?◆
 放射性ヨウ素が甲状腺に集まると甲状腺がんを発症する可能性がある。「安定ヨウ素剤」は、それを予防する効果があり、かつ放射能がないヨウ素(ヨウ化カリウム)を含む薬剤のことだ。
 原発の作業員や周辺地域の住民に予防的に投与されたりしている。被曝後でも、数時間以内に投与すれば、放射性ヨウ素が甲状腺に集まりにくくなる。
 しかし、副作用もある。
 北海道大学病院産科の水上尚典教授によれば、
「甲状腺機能の低下や重度のアレルギー反応が起こることも。小さな子どもほど、影響が心配される」
 という。また、投与しても24時間以内に体外に排泄されてしまうため、摂取のタイミングも難しい。
 リスクがあっても投与したほうがいいと判断されるレベルは、50~100ミリシーベルトの被曝だ。
「汚染水道水からのような慢性的な被曝では投与の効果はない」(水上教授)
 素人判断は避けて、医師の指示に従おう。

◆Q15 母乳を子どもにあげていいの?◆
 母乳育児の専門家「国際認定ラクテーション・コンサルタント」で、神奈川県立こども医療センター新生児科の大山牧子医師は、
「放射性物質が母乳中に濃く出ることはない。半減期があるので、減っていきます。また、摂取基準内であれば慢性的に摂取しても、健康被害が出たという報告はありません」
 と現状では母乳育児を続けてもいいと勧めている。
「現在、基準値を超える放射性物質を含む食品や飲料水は市場には流通していないはずです。だから、母親が食品や水を摂取しても、母乳への影響はきわめて少ないと推測されます。チェルノブイリ原発事故の際でも、周辺の国では母乳育児の継続が推奨されていました」
 衛生状態が心配な被災地では、ミルクよりも母乳のほうが安心だという。原発に近い地域の場合には、医師の慎重な診断のもとで、
「安定ヨウ素剤を内服しても、授乳が可能」
 と大山医師は言う。

週刊朝日