今年公開された岩井監督の映画としては、「怪獣」は2本目になる。1本目は、新型コロナウイルスが猛威を振るう前、1月中旬に“岩井俊二作品のベスト盤”とも呼ばれる映画「ラストレター」が公開された。生まれ故郷の仙台で多くのシーンが撮影されたこの作品を作ろうと思ったきっかけには、東日本大震災で心に傷を負った女性の、ある一言があった。

「震災後何年か経ってから訪れた石巻で、ある女性から、想像を絶するようなご自身のつらい体験を伺ったことがありました。その女性から最後に言われたんです。『監督、泣ける映画を持ってきてよ。映画館の真っ暗なところでいいから、思う存分泣きたいんです』と」

「ラストレター」には、高校時代の手紙の行き違いをきっかけに始まったふたつの世代の男女の恋愛と、それぞれの成長と再生が描かれている。常に何か新しいことに挑戦したいと願う監督は、「ラストレター」の制作と並行して、同じ原作小説を基に、中国を舞台にした「チィファの手紙」の制作に着手していた。

「撮影は18年でしたが、中国のほうが先でした。それが終わって、夏に日本で『ラストレター』を撮影し、それから中国で編集、日本の編集と入れ替わりの作業でした」

 中国での撮影は、映画が言葉や慣習を超え“共感”や“一体感”を運んでくれるものであると再確認することにもなった。

「『Love Letter』の頃から、僕の映画を好きな子たちが中国にも大勢いて、若い監督たちからも、僕の作品からいろんなものを吸収して映画を作っていると聞きました。多くの人が、僕の作品にものすごく共感してくれることがわかって、国が違っても、言葉が違っても、感情が動くその一線だけは確実に通じ合えていること。言葉にできない感覚を共有できるのが、映画のエモーショナルな部分だと実感できました」

 18年11月に中国で映画が公開される前、岩井監督は、自分のバンドのコンサートも開催している。映画にどんなお客さんが来てくれるのか。それがまったく見えないままに映画作りをするのが不安だったからだ。

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