指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第36回は「選手が伸び悩んでいるとき指導で心掛けていること」について。
【写真】釜山アジア大会男子200メートル平泳ぎで世界新記録をマークした北島康介
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8月下旬の東京都特別大会で手応えをつかんだ萩野公介は、練習でもいい泳ぎを見せています。低迷していた選手が上向きになって、「よかった! いいぞ!」と言えるのは、コーチにとってもうれしいことです。
水泳競技で優れた才能を持つ多くの選手を教えてきましたが、どの選手も順風満帆のときばかりではありません。才能はあるのに花開くまで時間がかかる選手もいます。
伸び悩んだとき、選手を理解することが大切です。不振の原因は泳ぎの技術なのか、体の不調なのか、気持ちなのか、問題を因数分解して一つひとつ明らかにして、具体的な解決策を考えていく。選手が自立して、自分自身で問題を解決できたとき、スランプを抜け出すことができます。
粘り強い指導が必要な局面で心掛けているのは、「うそは言わない」ことです。泳ぎがあまりよくないのに、よくなったと言ってはいけない。本当によくなったとき、「いいぞ」と声をかければ、選手も素直に受け止められると思います。
不調が続く萩野とミーティングを重ねていたとき、スマホのLINEのやりとりで「自分っていうのはほめてもらったほうが伸びるのかなあ」という内容のメッセージがぽろっと届きました。確かにそのころは叱咤(しった)激励ばかりで、とてもじゃないけど、ほめられるような状況ではありません。それでも、萩野が弱い自分と向き合って、それをコーチと共有することができるようになってきた、と受け止めました。
いいところも悪いところも理解することが肝心なのは、私の小学校3年の娘の子育てと通じるところがあるなあ、と思います。小さな子どもも世界のトップアスリートも、ほめられればよろこぶし、ダメだよと言われればしょげる。選手指導や子育てで特別のことをしているわけではありません。選手や子どものことを理解して、その上で解決策を考える。困ったり悩んだりしている相手に寄り添って、甘やかすのではなく、そちら側に身を置いていると思わせることが重要です。