兄は結婚せずに両親とずっと同居していたんです。母が母でなくなったら、という思いがあったのだと思います。いいところだけを見ようとするんです。私が母の認知症を疑う場面を指摘しても、兄はできている時だけを見て、「今ちゃんとできてたじゃないか」と強調するんです。
認知症のために病院へ連れていくのも大変でした。結局、私が最終的に病院に連れていって、認知症と診断されたのが2010年のことです。
■母を施設に入れようという私が薄情なのかなと悩んで
父は寝たきり、母は認知症の症状が出ている状態でしたので、「お母さんに施設に入ってもらうのも一つだよ」と兄に言ったこともあります。けれども、「俺たちが一緒に暮らしているんだ。俺たちのほうがわかっている。そんなところに母さんを入れる必要はない」と言われてしまい……。一緒に暮らしている人にそう言われてしまうと、私はなかなか強く言えず、むしろ、母を施設に入れようという私のほうが薄情なのかな、って悩んでしまったり。物静かでクールな兄とは、7歳離れていたこともあってか、ほとんどケンカをしたことがなかったのですが、母のことでは言い争いになったこともありました。
そうこうしているうちに、2013年に父が亡くなると、母と兄の二人きりの生活になりました。心配でしたが、兄たちが住んでいたのは、私の住む都内からは遠い、関東近郊の静かなところ。何かあってもすぐに駆けつけることができない距離なので「お母さんと一緒に東京に来ない?」と提案したこともありました。兄の仕事も東京でしたし。
けれども兄は、なんだかんだと口実を作って、「こっちにいるよ」と言い続けていました。母の認知症に関しても「大丈夫だ」と。兄は兄なりに一生懸命母の面倒をみてくれていたのですが、一人で抱え込んでしまって無理を重ねていたところもあったようです。
ある日、夜中に突然、私のところに電話がかかってきました。兄が緊迫した声で「なんか、おかしいんだ。かおり、ちょっと電話出てくれ」と。出てみると、母が電話の向こうで「この人が監禁してるんです!」と叫んでいるんです。兄は兄で「僕が何かを盗んだって言うんだ」と動転していて。
私は、ここぞとばかりに「ほら、お兄ちゃん、やっぱり認知症でしょ」と言ったら、力なく「やっぱり本当に認知症だったんだね」と返してきましたね。兄はすごく堪えたんじゃないでしょうか。