『フェイク・イット・フラワーズ』ビーバドゥービー(Album Review)
『フェイク・イット・フラワーズ』ビーバドゥービー(Album Review)

 The 1975やリナ・サワヤマ等、新感覚派のクリエイターたちが所属する英インディーズ・レーベル<Dirty Hit>の注目株=ビーバドゥービーのデビュー・アルバム『フェイク・イット・フラワーズ』が10月16日にリリースされた。以前のローファイなベッドルーム・ポップから離れ、オルタナティブ・ロックを基とした本作は、レビューサイトMetacriticや音楽総合サイトNMEなどで軒並み高い評価を得ている。

 今年2月には、2017年に発表したデビュー曲「Coffee」をサンプリングしたパウフーとのコラボレーション「death bed(coffee for your head)」が、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で23位、UKシングル・チャートでは4位を記録し、いずれも初のランクインを果たしたばかり。その後コロナの影響で活動は滞ったが、7月に発表したリード曲「Care」から立て続けに4曲、アルバムのリリースまでにシングルを発表している。

 その「Care」は、米ビルボード・オルタナティブ・エアプレイ・チャートで25位を記録し、リード曲としては自己最高位を更新。90年代中期のグランジを彷彿させるサウンドにキュートなボーカルを乗せた核となる一曲で、レトロ感覚のミュージック・ビデオ含め(当時の音を好む)ロック・ファンが食らいつくのも頷ける。キャッチ―な旋律とは対照に、歌詞には過去のトラウマが綴られていて、このあたりは昨今の“エモい”感じが取り入れられている。

 楽曲やファッション・センスもさることながら、ビーバドゥービーは何といっても声がいい。「Care」や次曲「Worth It」も、基盤はロックなんだけどスウェディッシュ・ポップぽい感じがするのは、彼女のボーカルにある。次の「Dye It Red」では往年のロックスターを真似たアク強めのアプローチをしているし、何とも表情豊かだと感心してしまう。「Dye It Red」は歌詞が責めの姿勢っていうのもあるんだろうけど、それを絶妙に切り替えられる技量はやはり凄いと思う。しかもこの若さでね。

 とはいえ、評論家等が絶賛しているのはやはり本作のサウンド・プロダクションにある。サウンド面でも曲毎に味があり、オルタナ・ロックはもちろん、スラッカー・ロックやバブルガム・ポップ、ブリット・ポップなんかもあり、独自の世界観・静と動の美学を楽しませてくれる。

 クリッピングが良い意味で感情移入を邪魔させる「Charlie Brown」、友人に対する過去の後悔をエモーショナルに歌った90年代直結の「Sorry」、若干20歳とは思えない詞的な表現で恋愛模様を綴った「Horen Sarrison」など、ロック色強めの曲はメディアやSNSでも特に高く評価された。いずれも過去と現在のサウンドが融合された傑作で、男性的な面と女性ならではのピュアで繊細な面をもつ、ビーバドゥービーの豊かな表現力も活かされている。もどかしい関係を悟ったように歌った「Together」も、冷めた歌詞をポップ“寄り”に仕立て、リスナーを重苦しくさせない配慮が伺える。

 一方、ミディアム~バラードも魅力的な曲が満載。中でも、かつてのジョニ・ミッチェルを彷彿させるデモをそのまま収録したような 「How Was Your Day?」 は格別。同曲は9月末にリリースされたばかりの4thシングルだが、録音スタイルや“会えない寂しさ”を綴った歌詞から察するに、コロナ禍を経て完成させたものだと思われる。類似した曲では、掴みどころのない感じでモヤっと終わるアコースティックのインタールードの「Back to Mars」 や、メロディが自然に紡ぎだされたような哀愁メロウ「Further Away」も地味ながら傑作。タイトルに直結した寂寥感あるエモ・ロック「Emo Song」も彼女らしくていい。

 最終曲「Yoshimi, Forest, Magdalene」は、それまでの楽曲とはまた違うタイプというか、個人的には90年代より80年代前期のパワー・ポップに近い印象を受けた。ラップやウィスパー・ヴォイスのようなボーカル・ワークも取り入れていて、このあたりは前作までのスタイルが受け継がれている。タイトルはいずれ授かるであろう自身の子供につける名前とのことで、Yoshimiはザ・フレーミング・リップスの『ヨシミ・バトルズ・ザ・ピンク・ロボッツ』(2002年)、Forestは映画『フォレスト・ガンプ』(1994年)、Magdaleneは彼女の音楽にも影響が伺えるピクシーズの人気曲「MAGDALENA」(2014年)から拝借したとのこと。このあたりもセンスの良さがあらわれている。

 力技もあれば魂重視の楽曲もあり、静と動のバランスも抜群。デビュー作とは思えない余裕と貫禄も感じられる『フェイク・イット・フラワーズ』は、90年代のオルタナティブ~ガレージ・ロック・フォロワーはもちろん、ジャンルと世代をクロスオーバーして楽しめる内容に仕上がった。 今年は、フォークやカントリーに回帰したテイラー・スウィフトの『フォークロア』が大ヒットしたが、実力やクオリティの高さはもちろん、流行的にもグンと飛躍しそうな気がする。

Text: 本家 一成