作家の下重暁子さん
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写真はイメージです(Getty Images)
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、軽井沢のお気に入りの書店について。

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 落葉の上をりすが走っていく。この季節、どんぐりやくるみなど木の実を集めて冬の準備をするのだ。軽井沢は、もう冬だ。今朝は三度だった。朝は冷えるのだが、晴天の日の昼間は日射しで上衣がいらないくらい。

 浅間は初冠雪で真白に塗りつぶされた。お昼をホテル「鹿島ノ森」へ食べに行く。ラウンジから外へ出て芝生の上を散歩する。見馴れた紅葉の枝が冴えていない。くぐもった色でそのまま枯れそうだ。秋になって雨が多かったせいか。コロナ以来、軽井沢に来ても、ほとんど外出しない。今日は帰りにスーパーへ寄って買い物をしよう。

 といっても、食べ物を見繕うのはつれあいの仕事。わが家は作る人がつれあいで、私が食べる人なのだ。

 その間、私は隣の本屋へ行って、本を物色する。眺めているだけであっという間に時が過ぎるので、若い頃から待ち合わせはほとんどが本屋。だが、その数が減少し、軽井沢には全く本屋がないことがあった。多くの文人が夏を過ごした場所なのに。

 平安堂という長野県のチェーン店の後に蔦屋系の「軽井沢書店」が出来た。私はこの店を愛している。まず「軽井沢書店」という名前がいい。シンプルでそのものズバリなのに雰囲気がある。決して広い敷地ではないのに、本の並べ方も探しやすい。

 中央に新刊や話題書があり、その横に軽井沢に縁のある作家の本がある。私の本も九月に出た『恋する人生』が置かれていた。「源氏物語」の「空蝉」や「和泉式部日記」「とりかへばや物語」など、私の好きな古典を中心に、恋心を探ってみたのだ。

 四、五冊選んで、レジへ持っていくと、店長が出迎えてくれた。毎度、サイン会などでお世話になるので顔馴染みなのだ。開店の一周年記念に、私が話をする会も開かれた。

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