半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「セトウチさんの様子はいかが?」
まなほさんへ
老人の風邪は肺炎を誘発するので命取りになります。セトウチさんが赤ちゃんを可愛がられても、「ダメです、近よっちゃ風邪がうつります」とビシッと言って下さい。
セトウチさんの風邪は退いたようで、先(まず)は安心しました。間もなく11月になります。こよみの上ではまだ秋ですが、このところの寒さは冬仕度を急がせます。今夜辺りから湯たんぽを布団の中に入れようかと思っています。京都の嵯峨野は特に冷え込みます。来客も断って、ひっそり書斎に籠(こも)って、つれづれなるままに往復書簡でも書いて下さい、と伝えて下さい。なんなら、まなほ君は面白い文章を書くので、代筆なり、ゴーストライターになって、セトウチさんを少し休ませてあげて下さい。僕もくたびれた時は(秘書の)徳永にピンチヒッターになってもらい、秘書同士でヒショヒショ話でもすると結構受けるかも知れませんよ。
僕は日替(ひがわ)り病人ですけど、セトウチさんは日替り躁鬱(そううつ)みたいですが、作家は命を削る商売だから、このことがかえって創作の糧になります。画家の業は一晩寝たら、ケロッと消えますが、作家は大変です。書くことによって、さらに業を積んでいく商売ですからね。生きながら天国と地獄を往復したはるんやから、そりゃ毎日気が変(かわ)って当然です。女心と秋の空どころじゃないですから、秋真只中(あきまっただなか)、秋霜烈日です。
死んだらセトウチさんに会えるかどうかと、まなほ君は心配していますが、心配ご無用、お互いに出会って生活していた頃の姿で現(あら)われますから大丈夫。また階が上とか下とかは、向こうに行くと、現世の名誉地位は向こうでは御破算(ごはさん)、素裸のままの人間同士だから、何も心配ないです、と言ってヌードで会うと勘違いしたらアカンよ。まなほ君はよくセトウチさんに「今日のパンティはこれ!」と言ってスカートをめくってパンツを見せていたので、そのパフォーマンスをやるとセトウチさんはハッと思い出して、「あら、まなほじゃないの」と奇声を上げて飛びついて抱きしめてくれるわよ。安心して、お婆(ばあ)ちゃんまで生きて下さい。