あるとき、書店にアート関連の本が増えていることに気づいた。アーティストやデザイナーの思考法をビジネスパーソンに紹介する書籍やエグゼクティブが美意識を重視していることを説く書籍など、美術ファンではなくビジネスパーソン向けの書籍が増えていた。
「アートとビジネスは相性がいいのでは、と感じました」(小林さん)
そのころ、プロダクト企画部の岩崎かおりさんも、アートでお客さんに貢献できないかを考えていた。もともと自らがアートコレクターで知識もあったため、社内で理解者を増やそうと勉強会を発足。初回から30人以上が参加するなど、手応えを感じていた。のちに、この活動がアートに理解のある役員の目に留まり、「アートで顧客満足を高めたい」と企画を提案。それが今回の「アートブランチ」につながった。
アーティスト・客・銀行の「三方よし」の取り組みに
もともと同行は、美大生の作品を本社に展示したり、芸術家支援の取り組みを行ったりしていた。また顧客には美術品のコレクターもいて、作品を資産として受託し承継する「美術品信託」なる商品もある。顧客満足を追求する姿勢、アートに対する理解や取り組み。いくつかの要素が重なって生まれた今回の展示スペース、いったいどんな効果があったのだろう。小林さんはマーケティング戦略を考える立場から、こう分析する。
「お客さんは美術館に来たような感覚を覚えていただき、笑顔になり、ときに銀行を応援して帰ってくださる。これは、本来 “用事があって行く場所”だった銀行が“行く楽しみのある場所”になったということ。他社がやっていないことをやると、このような新しい体験が提供できるのだと感じました」
一方、アートに造詣の深い岩崎さんは、この取り組みが「三方よし」につながったと捉える。
「日本では、アーティストや作家の立ち位置も、作品の評価もまだまだ十分ではない。彼らにとってアートブランチは、日本でのお披露目の場になったと同時に、当行のお客さんにもご満足いただける場になった。まさに三方よし、ではないでしょうか」
とはいえ、本業は金融事業。岩崎さんの上司である今子正太さんは、銀行全体における今回の取り組みをこう捉えている。
「富裕層ビジネスを追求し、何が付加価値になるかを考えた結果、そのひとつにアートがあった、という認識。今回の取り組みをきちんと効果検証し、今後につなげたい」
金融業界に限らず、競争が激化し、差別化が極めて困難な現代。「競争の極み」に行き着いたいま、求められるのは全く新しいアプローチなのだ。(文・カスタム出版部)