姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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演説するバイデン氏 (c)朝日新聞社
演説するバイデン氏 (c)朝日新聞社

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 米国大統領選は混乱を極め、各メディアがバイデン氏の当選確実を伝えバイデン氏が勝利宣言をしたあとも、トランプ氏は依然敗北を認めていません。トランプ氏は開票の不正を主張し、法廷闘争も辞さない構えを見せるなど、事態収拾が長期化する可能性も出てきました。

 バイデン氏が大統領になってもあまり変わらないことの一つに「対中関係」があります。対中関係はアプローチの違いだけで、米中の間の構造的な対立関係はさほど変わらないからです。バイデン氏は中国に対して冷戦下の米ソと同じようなデタント型のアプローチを取る可能性があり、一触即発のような事態は避けられるでしょう。中国に強硬なはずのトランプ政権ですら香港からの政治亡命を受け入れなかったのは、米中関係がシリアスな状況になるのを避けたいという思惑があったからだと思います。バイデン氏ならなおさらです。

 東アジアのもう一つの問題に北朝鮮がありますが、バイデン氏の北朝鮮に対する基本的なスタンスは両義的です。北朝鮮に圧力を加えつつ具体的な首脳会談のようなアクションは控える戦略的忍耐路線で、その意味で「オバマ政権第3期」になる可能性があります。他方、平壌訪問直前までいった「クリントン政権第3期」になるシナリオもあります。前者の場合であれば、北朝鮮は挑発を繰り返し、一時的に米朝関係や朝鮮半島は緊張が高まる可能性もあります。

 実はトランプ氏の再選となったときに一番緊張が走る可能性があったのはイランとの関係です。近いうちに深刻な中東危機が訪れる可能性がありました。しかし、バイデン氏ならイランの非核化に向けた6カ国協議に復帰する可能性が出てくるでしょう。同盟国や国際機関との関係も違いが際立つはずです。いずれにせよ、米国内の混乱が続けば国際秩序が一時的に無極化し、コロナ禍の世界経済を揺るがすことになるはずです。目が離せません。

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2020年11月16日号