災害において、人が正確に捉えられない言葉を発信する行為は、パニックや取り返しのつかない事故に発展しかねない。政府や公共メディアが使えば、影響は大きい。たかが英語、言葉の感覚の違い、と安易に流さず、言葉の発信が引きおこす重みをいまいちど考えるべきだろう。

 発言の重みという意味で、いま英語力で最も注目される人物といえば、菅義偉首相だろう。 菅首相の英語ツイートで思い起こされるのは、1カ月前に「レベルが低すぎる」と酷評された一件だ。コロナに感染したトランプ大統領とメラニア夫人へ出したお見舞いのメッセージに対して、10月7日の自民党外交部会で、外務省がサポート体制を強化すべきだとの声すらあがった。
 
 大手新聞や通信社も菅首相の英語力に疑問を投げかける記事を執筆したが、多賀氏の見方は違った。

「トランプ大統領へのお見舞いの英文は、少しもおかしくはない。自民党内の批判は、英語力が生半可な議員から出たのでしょう」

 報道によると、自民党議員は、菅首相がトランプ夫妻の感染を知り「心配した」とする表現が「I was worried」と過去形になっている点を取り上げ、出席議員は「今は心配していない、という意味に受け取られる」と指摘。「日本語を自動翻訳したような文章だ」との声すら出たという。

 これに対して多賀教授は、「I was worriedが過去形だからという理由でもって『今は心配していない』と批判するのは言いすぎです」と首をひねる。

 過去形なのは、「あなたのコロナ感染のニュースを聞いた時(過去形)」という後ろの従属文の時制に合わせただけだと指摘。さらに次の文で、「 回復を祈る(I sincerely pray for your early recovery 」と続けていることにも多賀氏は注目し、「菅首相の心配が継続しているのは明らかです」と話す。批判した議員は米国人の批判を根拠にしたが、ネイティブだから正確な英文を書けるというわけではない、と多賀さんは言う。

 また、多賀氏は「バイデン氏への祝意もよく書けています」と評価する。

 Warm congratulations to @JoeBiden

 11月8日、菅義偉首相は米大統領選で勝利を確実にした民主党のジョー・バイデン前副大統領に、「心よりお祝い申し上げる」と祝意をツイートした。投稿したのは、菅首相の個人事務所が管理するTwitterアカウント。日本語と英語の両方でメッセージを書いた。

 苦言を呈してきた多賀氏だが、政府や公共機関が発信する英語について国民が注目すること自体は、いいことだととらえているという。
 
「私が首相のあいさつなど英文の起案をしていたころは、一生懸命良い英文をつくっても誰も評価してくれず、さみしい思いをしたものです。いまは各国の首脳もSNSでメッセージを送り合うなど、みんなも外交を知ることができる世の中になりました。今回は、自民党議員が生半可な英語力で戦いを挑んだためにお粗末な結果となりましたが、的確でさえあれば、おおいに議論すべきです」(多賀氏)

(AERAdot.編集部)