天龍源一郎は悲しいかな、スポンサーがいなかった。この性格でスポンサーにいい顔できないから無理もないんだが……。だからお座敷に呼ばれることも少なかった。上の力士はスポンサーに呼ばれると部屋の夕飯を食べずに出かけるけど、俺は番付が上がってもほとんど部屋で食べていた。若い衆は「天龍関、また出かけないで飯食ってるよ」なんて思われているんじゃないかと、ちょっと決まりが悪い思いもしたよ(笑)。

 そんな相撲部屋のしきたりとは逆で、プロレス時代は後輩にお年玉をあげるという風習は無いんだ。相撲からプロレスに転向して何年か経ったころ、全日本プロレスの連中が、正月にジャイアント馬場さんの家に挨拶に行ったことがないと聞いた。相撲は親方や関取の家に挨拶に行くのが当たり前だったから、俺とグレート小鹿さんが音頭を取って、全日本プロレスの幹部や上のレスラーたちを誘って馬場さんの家に挨拶に行ったんだ。

 みんなが揃って挨拶に来るなんて初めてのことだから馬場さんも喜んで歓迎してくれてね。みんなでわいわい飲んでいたんだけど、そのうち俺たちも酔っぱらってきて、ダッシュボードに大切に飾っていた高い酒を勝手に引っ張り出して飲み始めた。そうしたら馬場さんが怒って「お前ら、二度と来るな!」って追い返されたよ。正月の馬場さんの家への挨拶はその一回きり(笑)。あのときは大元司さん、小鹿さん、ロッキー羽田と酒癖の悪いやつらが揃っていたからなぁ。確かジャンボ鶴田もいたっけ(笑)。

 馬場さんはいくら無礼講といっても、ハメを外して礼儀や所作をおろそかにすると怒る人だったから。逆にアントニオ猪木さんは、無礼講となったらどこまでやってもいいという人で、こういった面でも好対照だったんだね。

 独身だった頃はいい加減に年末年始を過ごしていたけど、結婚してからは女房が正月行事や神事をとても大切にするほうで、新年をちゃんと迎えるようになった。嶋田家の正月は女房が中心になって仕切って、そこに俺の意見を入れてできあがっていったもの。とはいえ、現役時代は女房が神棚を飾ったり、3階の窓の外側を身を乗り出して拭いたりする姿を、俺は「大丈夫か~」なんて言いながら眺めているだけだったけど(笑)。

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年始早々の試合のファイトマネーが入ってから年明けを実感