元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
* * *
今年最後のコラム。ということでフト我が一年を振り返る。なにせ今年は特別な年だったからね。
で、気づいてしまったのだ。
確かにいろいろあった。一番大きかったのは、収入の貴重な柱だった講演がほぼゼロになったこと。マジピンチ。それでも振り返ると、我が半世紀超の人生の中でもしかすると最も良い年だったかもしれないと思うのである。
この大騒ぎの中にあって、私は結局のところいつも通り暮らした。何しろ私、図らずもコロナ前からコロナ生活をしていたらしい。会社を辞め収納ゼロの小さな家に引っ越したことがきっかけで、モノも欲も大きく減らさざるをえなかった。買い物も仕事も自転車で行ける範囲でまかない、ご近所さんと声を掛け合い助けたり助けられたりしながら小さな幸せを糧に生きてきた。要するにいつだってステイホーム(ホームでかいが)。なので変わりようがない。
でも一つだけ変わったことがあって、先日も徒歩3分の町中華でいつもの野菜炒めを頼み、熱々出来立てを勢いよく食べようとしたら、カウンターの向こうから「火傷しないでゆっくり食べなさい」と天使のように優しいおっちゃんの声。お、お母さん……? と思ったよ。ああ私は愛されている。この店だけじゃない。この災難を前にご近所との絆は深化した。いつも公園で見かけるじいちゃんとの挨拶、喫茶店の常連さんとのバカ話。全てに愛を感じる。私も皆様を愛している。これを幸せと言わずに何が幸せか。
なので私は言いたいのだ。皆さんきっと大丈夫です! 当たり前に得ていたものが一方的に奪われるのはつらい。でも何かをなくすとは何かを得ること。少し落ち着いて足元を見てみたら、遠くばかり光ばかり見ていた時には気づかなかった真の宝が埋まっていることに必ず気づくということを、私は身をもって知っているのであります。
生きるって、幸せって何なのか。コロナは結局そこを問うている。人生は案外シンプル。皆様の健康と健闘と小さな幸せをお祈りする。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2020年12月28日-2021年1月4日合併号