半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■瀬戸内寂聴「三島さんは青年ヨコオに一目惚れした!」
ヨコオさん
先週に続いた文です。つまり、三島さんはヨコオさん(初々しい青年の)に逢(あ)った瞬間に惚(ほ)れちゃったんですよ。厚意を持ったなんてものじゃない。とにかく可愛くて可愛くてたまらなくなっちゃったんですね。それだから、言葉の礼儀を教えたり、つきあい方を教えたりせずにいられなかったのです。天才は天才を識(し)るのでしょうか。三島さんは、ヨコオさんに逢ってすぐ、あなたの中にひそんでいた天才の匂いを嗅ぎとってしまったのです。それは三島さんにとっては嬉(うれ)しいことと同時に、厄介なことだったでしょう。三島さんの愛の中には、あなたをどんな面でも傷つけまいとする気持ちが生まれたことでしょう。
ヨコオさんの気にしているスキャンダルという最期の写真集の件ですが、私はスキャンダルというふうには感じません。三島さんは現実の世界では、「楯の会」の森田必勝さんを死の道づれにしました。自分は切腹し、森田さんに自分の首を「かいしゃく」させようとしたのに、森田さんは、切腹した三島さんの首を斬ることができませんでしたね。たしか「楯の会」の誰かが、三島さんの首を落(おと)した筈(はず)です。森田さんが逆上して、首をはねることができなかったのは、さもありなんと思いやられます。
そういう死場での順序や、やり口は、前日、皇居前のパレスホテルの客室で、充分練習されていた。
ヨコオさん、あなたは三島さんが、最期の写真集に、森田必勝を道づれに死なせた上、もう一人の若者に死の姿を撮らせ、その写真を見開き対ページに載せる計画をしたというのですね。そしてそのことをスキャンダルときめつけています。
そうかなあ。私は何だか三島さんの、あなたに対する報われることのない愛が、可哀(かわい)そうでなりません。