姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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菅義偉首相 (c)朝日新聞社
菅義偉首相 (c)朝日新聞社

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 感染拡大が止まらない東京都と千葉、埼玉、神奈川の3県に対し、緊急事態宣言が再び発令されました。この危機的状況ですら政治家のメッセージが国民に伝わってこなかったように感じられたのは、現在の政治の根幹が「統治」一色になってしまったからかもしれません。

 政治には権力過程が伴いますが、民主主義の政治には多事争論を通じた国民の合意形成が不可欠です。政治が統治を含みながらも、それに還元されないのは合意の形成を巡るプロセスに民主主義の本来の底力があるからです。そしてそのプロセスに欠かせないのは政治家の言葉の力であり、メッセージです。多事争論の言葉の闘い、メッセージのしのぎ合いを通じて政府や自治体の統治行為に国民や住民がそれに従いたいという正当性が与えられるのです。

 安倍内閣から菅内閣にかけて、統治に有無を言わさず従わせる「政治なき統治」が幅を利かせてきました。ですが、コロナ禍の中、政治なき統治の惰性では事態の収拾がおぼつかないことが明らかです。

 18日からは国会が開かれますが、新型コロナの特別措置法の改正を「それまで待てない」と菅首相は発言しています。しかし考えてみてください。冬場の感染拡大はあらかじめ予測されていたのですから、特措法を改正する時間はあったはずです。そうならなかったのは、多事争論による合意形成の場であるはずの言論の府(国会)が政権政党の事情で閉じたり開いたりして機能していませんでした。危機的状況にこそ、活発な言葉の応酬による多事争論の合意形成が死活的に重要なのに、統治をすることが政治であり、議論はいらないという「政治なき統治」で上手くいっているような錯覚に陥っていたのでしょう。

 民主主義は現在のような危機にこそ、その底力を発揮するはずで「これがダメなら、あれがある」「あれがダメなら、これがある」という「開かれた社会」の地力がいま試されています。また、それこそが中国が日本を凌駕できない真の国のパワーなはずです。このことを理解するならば、政治的リーダーがやるべきはまず、自分の言葉で語ることです。菅首相、どうか自分の言葉で語ってください!

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2021年1月18日号