学生時代、金学順さんの訴えに衝撃を受けたとき、被害者が現れた以上、解決は目の前でしょ!と私は楽観していた。日本軍の関与を示す証拠が見つかり、何より世界中からあげられた#MeTooの声を無視することはできないと単純に信じたのだ。ところが気がつけば、被害者が全員亡くなっても、もしかしたら私の人生が終わっても、「慰安婦」問題が解決することはないのではないか……という不安が現実味を帯びてきている今日このごろだ。K-POPをいくら楽しんでも、「愛の不時着」がどんなに盛り上がっても、「慰安婦」問題は解決できない。いったいなぜ?
終わったはずの「慰安婦」問題を蒸し変えしてくる迷惑な韓国……という論調が隠蔽するのは、実は日本社会の劣化なのかもしれない。金学順さんの告発から30年。韓国社会も当初、「売春婦が声をあげるなんて韓国の恥だ」という声が大半だった。そこから30年間かけて、民主主義社会を成熟させ、性暴力被害者の声を聴く社会に成長していった。主に朴正熙政権時代、アメリカ軍に対して韓国が国策として行った「米軍慰安婦」に対して、韓国政府は謝罪と賠償を行っている。ベトナム戦争時の韓国軍性暴力問題にも、社会が果敢に取り組んでいる。日本に対してだけではなく、性暴力問題については韓国社会、韓国政府に対しても変革を求めてきたのだ。
「慰安婦」問題は、日韓関係問題ではない。そのように規定して考えはじめることが、私たちには今、必要なのかもしれない。「慰安婦」問題とは日本社会の性暴力問題に対する姿勢、女性の人権への姿勢、そして歴史に対する姿勢の問題なのだ、と。そもそも「慰安婦」にさせられたのは韓国人だけではない。「お詫びと反省」を日本政府に積極的に求められなかった国にも、必死に声をあげ続けた被害者がいた。「慰安婦」にさせられた日本人女性にも、声をあげた人がいた。
「慰安婦」問題をめぐる様々なこと、「日韓関係」として切り捨ててきた「慰安婦」問題の多くを、金学順さんの声から30年の節目の2021年こそ考えたいと思う。韓国社会への怒りや被害者感情をこれ以上膨らませるのではなく、私たちの社会の成熟のために。性暴力問題に真摯に取り組める社会であるために。
■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表