エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
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1月12日、90歳で逝去した半藤一利さん。平和活動とは日常から戦争の芽を注意深く取り除くことだと語ってきた (c)朝日新聞社
1月12日、90歳で逝去した半藤一利さん。平和活動とは日常から戦争の芽を注意深く取り除くことだと語ってきた (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】1月12日、90歳で逝去した半藤一利さん

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 成人の日の新聞に「くたばれ、正論」と謳(うた)う広告が掲載されて批判を浴びた翌日。『昭和史』で知られる作家の半藤一利さんの訃報が伝えられました。半藤さんには何度かお話を伺う機会に恵まれ、編集者を交えてご夫妻とお食事をご一緒したことも。温かい笑顔とお声が懐かしく思い出されます。日本がかつて来た道を再びたどることがないようにと真剣に語られるまなざしが忘れられません。

 半藤さんは80歳まで、個人的な戦争体験を公に語りませんでした。若い世代にとっては、戦争を経験した人の話はともすると「逆境を生き抜いた美談」になってしまう。結果として、戦争を常に「生き延びる側」の視点で想像し、感動的なストーリーとして消費することにもなりかねません。時間が経つにつれそうした美化され矮小(わいしょう)化された戦争のイメージが強まることを半藤さんは危惧していたのではないかと思います。

 そんな半藤さんが80歳を機に子どもたちに向けて自らの体験をつづり、戦争がいかに人間を壊すかを一人称で伝えた本が『15歳の東京大空襲』です。ぜひ今、大人にも手にとってほしいです。

 半藤さんは、戦争を知らない世代にできる平和活動は、日常の中にある戦争の芽を注意深く取り除くことだと繰り返し語りました。私もそれを胸に刻んで息子たちに伝えています。暴力や差別や不公正など、小さな芽は身の回りにもあります。人権擁護や弱者救済なんてきれいごとと嗤(わら)う冷笑主義もそうでしょう。差別や暴力を肯定する「本音」は誰の中にも芽生えるもの。それを放置するとどうなるかを、アメリカの議会襲撃で今世界が目の当たりにしています。

 くたばれ正論、で実際に人が殺されてきました。“きれいごと”や“正論”がなければ誰も安全に暮らせない。その本質をこそ、若い世代と一緒にしっかり守りたいです。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2021年1月25日号