「ウルサイ!」
とどなった話など笑える。
誰にもやってくる死を、さり気なく受け流すために。たまたま私も『明日死んでもいいための44のレッスン』(幻冬舎新書)を上梓したばかりであった。
人は生きてきたようにしか死なない。死ぬ時だけいいようになろうったって無理なのだ。
この年齢まで積み重ねてきたものが結果として出るだけであって、棺を蓋う時が一番、その人らしく個性的であるのだ。
意識したって駄目で、『一切なりゆき』の樹木希林さんのようにいけばいいのだが。
そこで思いつくままに明日、私が死んでもいいと思えるための下準備として、私がじっさいにやっている44のレッスンを連ねてみた。
そして結局のところは
「死ぬる時節には死ぬがよく候」という良寛さんの言葉に落ち着いた。私の寿命は明日かもしれないし、明後日いや一年後、十年後?
「死ぬ時は死ぬがよろし」
それが大切な心がけ。レッスンはここで締めくくった。
※週刊朝日 2021年2月12日号
■下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数