森一門は、コロナ禍の前までは、毎年「森一門祝賀会(一門会)」といういわゆるファン感謝祭のようなものを大阪市福島区にあるホテル阪神で行っていた。1部がファンと一門のプロが対局する「指導対局」で、2部が前年に活躍した棋士たちを祝う祝賀会だ。第1部での山崎と女性ファンの対局が面白かった。
恐らくそのファンはまだ初心者なのだろう、山崎が飛車角香車の四枚落ちで対局している。考え込んだ彼女が盤上に持ち駒の銀を置くと、山崎が「あっ、惜しい!」と身をよじった。
「正解に近いです。もう少し考えてみましょう」
そういって山崎は女性の銀を駒台に戻した。攻められている山崎が女性に自玉を詰ませようとしていた。
プロを詰ませて勝つ喜びを持ってもらう。ただ負けるのでなく、彼女に詰めろ(詰ませていく手順)のヒントを与えて導いていく。
相手はこの女性だけでなく、ひとりで同時に3人と対局する三面指しだった。他2人の男性にも「素晴らしい妙手ですね」「手も足も出ません」と大げさに相手を持ち上げて笑わせながら対局している。
女性が銀ではなく金を駒台から掴んで置くと、「正解です!」と声を出してまた笑わせた。物腰が柔らかく、トークが軽妙な山崎は一門でも人気が高い。
年を重ねて、森と山崎の関係も変化してきている。山崎は中学生のころ、森と村山が話し込んでいるのが不思議だったという。
「師匠が村山先生に相談しているみたいで、師匠と弟子、という関係に見えなかったんですね。あの怖い師匠が相談しているんだと」
そして今、森が相談するのは山崎になっている。「奨励会の弟子の調子とか、相談するのは山崎君やね。いろんな棋士のことを良く見ているし、分析も的確やから」
と森が言えば、山崎も、
「相談というほどではないですが、師匠と話をするといつのまにか9割は一門の話になりますね」
と肯く。
「僕から見て、師匠も村山先生が生きておられたころから、ずいぶん弟子に対する姿勢も変わってこられたと思います」
と分析する。