元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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お待たせしました! え、待ってない? まあいいや。誰がどう言おうとしつこく「家を売る」話再開である。
虎の子の家を売る決意にきっぱりこぎつけたのは良いが、人生は一難去ってまた一難。さてどうするよ売り出し価格。だって自分で決めるんですよ! ……当たり前? そうですよね売主は私。でも経験のない人は案外ちゃんと考えたことがないと思うので、具体的な顛末をおしらせしたい。
自分で決める。つまりは1億だろうが100万だろうが自由。でも「買う人」がいなけりゃ意味ないのであり、高すぎれば売れないし、安すぎれば売れるが損が膨らむ。なのでそのどちらでもない、ちょうど良い価格を考える。商売の基本である。で、「ちょうど良い価格」を素人の思いつきで決めるのは難しいので不動産屋様の意見を聞く。
待ってましたとばかりに営業マンが取り出した資料は、同じマンション及び近隣の類似マンションの直近の売買実績。それを参考に(1)強気(2)並(3)弱気の3タイプの価格が示される。人生初の大バクチに心は千々に乱れるばかり。すんなり売れるならもちろん(1)。でも売れないと値下げとなりイメージも下げ更なる値下げになりかねない。(3)なら売れやすいが「もっと高くしときゃよかった」と永遠に後悔しそう……結局、(2)にした凡庸な私。ちなみに(2)は購入価格の約5分の1であった。
でも決めた直後から再び悩む。それでも売れずに値下げする場合、注目を集めるには100万単位で下げるべきとの助言にビビったのだ。ただでさえ安いのに100万単位で下げ続けたらゼロになっちまう。ならばやはり(1)から始めるべきではと未練たらしく電話すると、ふむふむと聞いた営業マン、大丈夫、売値に応じて手数料を頂くのが我々の商売なので叩き売るようなことはしませんと断言した。なるほどこの人は味方だ。我らは運命共同体。ここでようやく、結果がどうあろうと受け入れる覚悟がスッキリ固まる。商売とはバクチではなく対話と納得が全てと知る55歳コロナ前夜の冬(つづく)。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2021年2月15日号